第5話 良い情報、あります
そんな男の名前はラウ。言葉の通りの情報屋である。先ほどの会話からして、ヴァルラとはかなり親しいようだ。おそらく今回も何か情報を売りにきたのだろう。
ラウは少々おぼつかない足取りでヴァルラ達のアパートの階段を上っていき、部屋の前で大きく息をついた。そしてゆっくりとした動作で構えを取る。
そして猛然と。
「ほぁあああああ……たぁっ」
呼び鈴を連打した。
ぴぽーん ぴぽーん ぴぽぴぽぴぽーん ぴぽぴぽーん
「だぁーーっ! うるせぇえええええ!」
すぐさまドアが開き、フライパンを握りしめたヴァルラが顔を出す。
「うわ、ちょ、まって! 暴力ヨクナイ!」
慌てて頭を両手で抱えてしゃがみこんだラウと、手にしたフライパンを交互に見るヴァルラ。
「ばーか。これは今片づけてたとこなの。フライパンで人を叩いたりしちゃ駄目なんだからな!」
「だよね、だよね。さすがヴァルちゃん、優しいなあ~」
ラウは感激し、ヴァルラに抱きつかんばかりに両手を広げた。
「そんな事したら、俺の大事なフライパンちゃんが傷むだろーが」
ヴァルラは真顔で返す。ラウは手を広げたまま石像のように固まった。
「……あ、そ」
仲がいいのか悪いのか、二人が一緒にいると、いつもこんな調子だ。ミハイラは呆れたような顔でちらりと二人を見ると、ソファから起きあがって玄関へのドアに向かう。
「あれっ? ミハイラちゃんおでかけ?」
ラウはかなり残念そうだ。そんなラウとすれ違いざまにミハイラは彼に顔を寄せて、ウインクしながら笑顔を見せた。
「ラウ、さっきはごめんねぇ? とびきり良い情報頼むわよー」
そうして玄関にかけてあった革のジャケットを掴んで、ドアに向かう。
「じゃ、あたしはちょっと飲んでくるから。どうぞ商談の方はごゆっくり!」
「あ、ミハイラちゃん! 飲み過ぎちゃ駄目だよ! あと、12時までには帰ってくるんだよ! それから知らない人に付いてっちゃダメだからね!!」
「はいはい。わーかってるってば!」
そんなヴァルラの叫びをドアで遮って、ミハイラは風のように出ていく。
「……相変わらず心配性っていうか、過保護っていうか……。そんなんじゃそのうちうるさがられて、相手にしてもらえなくなるよ?」
ラウの苦笑いにヴァルラは仏頂面だ。
「年頃の女の子を抱えてると、そりゃあ心配だって。お前だってミハイラちゃんに色目使ってるだろ! ヘンな気起こしたら容赦しないよ?」
ヴァルラに睨まれてラウの苦笑が引きつる。どうやら当たらずといえども遠からずといったところのようだ。
「ま、まあ。立ち話もなんだしさ、奥でゆっくりと話そうよ。さぁさぁ」
「……ここ、俺ん家だっつの」
勝手知ったるなんとやら。ヴァルラは溜息を吐くと、ラウの後を追ってリビングに進む。リビングとはいえここが事務所と応接室を兼ねているため、内装は他の部屋に比べて極めてシンプルだ。
「……で? 何かいい情報でも?」
ソファに座るやいなや、ヴァルラは即座に仕事の話にうつる。
「まあね。なかなかオイシイ仕事だよ? っていうかさ、儲けたらしいねー。何? Bクラスで5000? ふっかけたねー」
「何でそんな事知ってんだよ! おま……どっかに盗聴機でも仕込んでるんじゃないだろな?」
ついさっきの出来事を正確に言い当てられては、さすがにうろたえるしかない。
「へっへっへー。伊達に長いこと情報屋やってないよー? というか、ヴァルちゃん達はやたら目立つからねえ」
意味深な視線を向けられ、ヴァルラは不愉快な顔をした。無理もない事だ。
ヴァンパイアを狩るヴァンパイア。
それは大概あまり良くない意味で噂される。同族殺し、裏切り者。ヴァルラの事情がどうであれ、他人の目に映る姿とはそういうものである。そしてヴァルラ自身もそのことは嫌と言うほど理解していた。
しかし、今回の発言は違う意味だったようだ。ラウは慌てて首を横に振って訂正する。
「あ、違う違う! ほら、ミハイラちゃんはあの通り美人で、ないすばでーで強いじゃない? そりゃ目立つって」
ついでにあの惜しげもなく肢体を晒した服装も、と言いたいところなのだろうが、それを言うほどはラウも馬鹿ではない。
「だろ? だろ? ミハイラちゃんを育てたのはこの俺なんだからさ。そりゃあ、あったり前さぁ」
相棒を褒められてヴァルラは一転、すこぶるご機嫌になった。何とも分かりやすい親馬鹿ぶりだと、ラウは心の中で苦笑した。
「んで? そのオイシイ情報ってのは?」
ヴァルラは更に身を乗り出す。
「そこまでガッツかなくたっていいじゃない。さっき散々儲けたでしょー?」
「あの程度の収入じゃ、ウチはやってけないの、知ってるだろ?」
現実はヴァルラの言う通りだ。ヴァンパイアは日々増え続け、溢れるほどにこの国を埋め尽くしている。
だからそれを狩るハンターはさぞかし忙しく、儲かる仕事と思われがちだ。しかし実際は違った。依頼がなければいくら殺しても収入にはならないし、依頼主の懐具合によっても報奨金はまちまちだ。
だからこそハンターの仕事には、ラウのような情報屋が欠かせない。
つまり、商売としてヴァンパイアを狩るなら、依頼人の数と質が重要ということだ。
さもなくばこのようなフリーランスの商売は、すぐにも廃業の憂き目を見るだろう。
ラウも、そのあたりのことは熟知している。だからこそ、こうしてハンターに情報を売るという商売をしているのだ。
「例の金髪の女ヴァンパイアのねぐらが分かった、って言ったらいくら出す?」
ラウが糸のような目をますます細めて、にやりと笑う。ねぐら、と聞いてヴァルラの金の瞳がきらっと光った。
「……確かなんだろな?」
最初に述べた通り、ここアヴェリオンに棲むヴァンパイアは、世に知られる伝説のものとはかなり違う。
聖水や十字架、ニンニクなどはほとんど効果がない。しかし、太陽の光と銀が苦手だということだけは全く同じだ。つまり彼らは日の射す昼間は真っ暗な場所に隠れて眠り、夜になると蠢きはじめるのだ。
「ねぐらでターゲットが寝てる間に一突き、か。たしかにオイシイねえ」
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