Rip Stick 17

「みっこ、大丈夫かな? もう少し側にいてやった方が、よかったかもしれないな。顔にアザができてたけど、仕事には差し支えないかな?」


まだ人通りのほとんどない、蒼くかすんだ肌寒い朝の街を『フェスティバ』で走りながら、川島祐二はずっと、森田美湖のことを気にかけていて、助手席のわたしに、彼女の話ばかりしていた。


「川島君、どうやってみっこを見つけたの?」

「アリーナの裏は森だっただろ。もし男たちがみっこをさらったのなら、森に引き込むと思って。森のなかに入ったとき、ちょうど押さえつけられたようなうめき声が聞こえたんだよ。

みっこを見つけたときは、ふたりの男ともみ合っているところで、押し倒されて服を破かれながらも、必死で抵抗していたんだ」

「…どうやってふたりもの男を、撃退したの?」

「そこらへんの棒切れを振りかざして、『やめろっ!』って叫んで、後ろからぶん殴ったんだよ。不意をつかれたみたいで、ふたりともびっくりして、あわてて逃げていったよ。まあ、ぼくも必死だったから」

「勇気あるのね」

「そりゃ、みっこがあんな目にあってるのを見れば、だれでもそうするだろ」

「…そう。ね」

「それから、みっこの名誉のために言っておくけど、彼女はほんとにレイプまではされてなかったんだよ。もう少し遅かったら危なかったけど、間に合ってよかった」

「…ふ~ん」


なにが『みっこの名誉のため』よ。

『みっこは池に落ちた』って、川島君はみんなを誤魔化そうとしたけど、『レイプされてない』ってのも、嘘かもしれない。

わたしにまで、嘘をついて…

どうしてそんなに、みっこをかばうの?

そんなにみっこが大事なの?


そりゃ、襲われているのを助けたのは、立派で、素晴らしいことだとは思う。

みっこも本当に気の毒で、なにかできることがあるのなら、わたしも力になってあげたいと思う。

だけど、昨夜からの川島君を見ていると、みっこを守ることばかりに懸命で、わたしのことなんて、これっぽっちも気に留めてくれていない。

ふたりキスして、そのあとだって、みっこにべったりくっついていて。

そんな光景を見せられて、わたしだって大きなショックを受けているというのに…

なんだか、不愉快。


「藤村さんとも話したんだけど、いちばんマズいのは、スキャンダルになることだと思うんだよ。こういう話って、たとえ未遂に終わったことでも、噂に尾ひれがついて、ひどい話になっていくからな」

「…」

「みっこのこれからのためにも、それは防がなきゃいけない」

「…」

「幸い、みっこも軽い怪我だけですんだし、このことを知っているのは、ぼくたちと藤村さんと星川先生だけだ。それなら、だれにも知られないですむはずだよ」

「…」

「さつきちゃんも、絶対人に言うんじゃないよ」

「…」

「いいかい?」

「…」

「さつきちゃん。どうしたんだ?」


川島君の話になにも応えず、助手席で黙んまりをきめているわたしを、ようやくおかしいと気づいたのか、川島君はいぶかしげにわたしを見た。


「さつきちゃん。どうして黙ってるんだ?」

「…」

「さつきちゃん?」

「…」

「なんとか言いなよ」

「…」

「さつきちゃん!」

「川島君… みっこにはやさしいのね」

「え? そりゃ、さつきちゃんの親友だし、こういうときはだれだって、そうするだろ」


皮肉っぽい口調で言ったのに、川島君は全然それに気づいていない。

わたしはますますイライラしてきた。


「嘘!」

「え? どうして?」

「…」

その問いには答えず、口をとがらせて、わたしは昨夜のことを振り返る。

確かにみっこのことは、なんとかして助けてあげたいとは思うけど、ふつう、男の人がただの友だちの女の子に、あそこまでする?

みっこの身づくろいをしてあげたり、破れたストッキングを脱がせてあげたり、キスをしたり…

そして…


「川島君。みっこのマンションも、部屋も… 知ってるのね」

「あ…」


川島祐二は、言葉に詰まった。

そんな彼の様子に、わたしはいっぺんにカッとなって、口調を荒げながら言った。

「わたし、みっこのマンションを川島君に教えたことなんてないし、九重に行った帰りも、みっこを途中で降ろしたわ。

家まで送るのは、川島君の主義でしょ。

だから長崎にみっこと行った帰りにでも、彼女のこと、送ってあげたのね?

部屋にも… みっこの部屋にも、寄ったことあるのね?」

「…」

川島祐二は言い訳もせず、黙っている。

その沈黙にわたしは狂いそうなくらい、胸が掻きむしられた。


信じられない。


ひとり暮らしの女の子の部屋に、行くなんて。

自分の恋人の親友の部屋に、のこのこ上がり込むなんて!

みっことあの部屋で、ふたりっきりで、いったいなにをしてたっていうの?


ものすごいスピードで、わたしの頭の中にいろんな妄想が暴走していく。

昨日見た、川島君とみっこのキスシーンや、モルディブでの夜に見た、藤村さんとのラブシーンが、それに重なる。

みっこのあの美しい肢体が、川島君に絡みつき、なまめかしくあえぎ、川島君とひとつになる妄想は、鮮やかなナイフのように、わたしの胸を切り裂く。

なんだかもう、自分の気持ちを支えるものを全部なくしちゃった気がして、わたしはいっぺんに感情が爆発してしまった。


「どっちから誘ったのよっ!」


つづく

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