Rip Stick 18

「どっちから誘ったのよっ!」

「さつきちゃん…」

「川島君、みっことは長崎に行っただけじゃなくて、東京でも会ってたんでしょ?

わたしがいないのをいいことに、みっことディズニーランドとか行ってたんでしょ!?」

「さつきちゃん?」

「全部知ってるのよ! 東京むこうじゃそうやって、ずっとデートしてたんじゃない?

ミッキーマウスの万年筆なんかでわたしのご機嫌をとろうとするなんて、バカにしないでよ!」

「確かにみっことは、東京で何度かふたりきりで会ったし、それをさつきちゃんに言わなかったのは悪かったけど…」

「やっぱり… ほんとに東京で、みっこと会ってたのね!」

「あ… ああ。でも、さつきちゃんに謝らなきゃいけないようなことは、ぼくはしてないよ」

「どうしてそんな、開き直ってるのっ? 会ってたのは事実でしょ!」

「会ってたって言っても、写真のモデルをお願いしてただけだよ」

「いつでも、モデル、モデルって! 都合のいい口実よね。そう言えばわたしが納得するとでも思ってるの?」

「さつきちゃんは、認めてくれないのか?」

「当たり前じゃない!

撮影とはいえ、異性とふたりっきりで出かけるなんて。デートと同じことじゃない」

わたしの言葉に、川島祐二は大きくため息をつく。

「だからさつきちゃんには、こういうことはあまり話したくなかったんだよ。ケンカになるのは目に見えていたから」

「なにを話したくないっていうの? わたしに黙って、みっこと浮気してたってこと?」

「そうじゃないって、前にも説明しただろ。ぼくはモデルとは、恋愛感情抜きで接するんだって」

「そんなの勝手な言い分よ。川島君に恋愛感情があるかどうかなんて、わからないじゃない。

男女がふたりっきりで会ってたら、それはデートと同じことよ。世間的には」

「世間的って。そんな俗っぽいことをさつきちゃんが言うなんて、思わなかったな」

「俗っぽいって… 現にみっこは、川島君に恋愛感情持ってたんだから、立派なデートじゃない!」

「だから、それは…」

「だいたい川島君にだって、『好き』って気持ちがなきゃ、モデルなんて頼めないんじゃない? あららぎさんのことだって、ほんとは川島君も好きだったんじゃないの?」

「じゃあなにかい? ぼくは、さつきちゃん以外の女の子の写真は、撮れないのか? 撮っちゃダメなのか?」

憤然とした口調で、川島君は反論した。

その言葉は、わたしの火がついた鬱憤うっぷんに、よけいに油を注いだ。


「川島君にそんなこと言う権利があるの? わたしのこと傷つけてでも、みっこのこと、撮りたいってわけ?」

「昨夜のことだったらあやまるよ。だけど、みっこのためを思ったら、ああするしかなかったんだ」

「『みっこ』『みっこ』って… わたしのことはどうでもいいの?」

「この場合、いちばん傷ついているのは、みっこだろ」

「目の前で抱きあってるの見せられて、キスするの見せられて、わたしが全然傷ついてないとでも思うの?」

「あんな状況で、拒むわけにもいかないだろう」

「はん。言い訳が上手よね。ほんとは嬉しかったんでしょ。あんな綺麗な子からキスされて、『好き』って言われて…」

「そんなことないよ」

「嘘!」

「…」

「わたし、騙されてた。みっこが好きな人は藤村さんだって、ずっと信じてた。

川島君からも騙されてた。

忙しいふりして、東京じゃみっことデートばかりしてたなんて!」

「デートばかりって…」

「『忙しい』って言い訳して、電話もロクにかけてくれなかったじゃない!」

「ほんとに仕事で忙しかったんだよ」

「川島君ちにみっこも来たの? 泊まったりしたの?」

「そんなこと…」

「でもみっこは、川島君のアパートを知ってたじゃない。あのとき川島君も最初、アパートにわたしを入れてくれなかった。なにか秘密があったからでしょ? わたしに見つかったらまずいもの」

「そんなの、ないよ」

「もういいじゃない、嘘つかなくても。

アパートにはみっこがよく泊まりにきてて、みっこの服とか下着とかを置いてたって言われても、わたしもう、驚かないから」

「くだらない妄想ばかりしないでくれよ。だいたいみっこがぼくのことを好きだなんて… 今まで全然、気づかなかったくらいなんだから」

「よかったじゃない。みっこみたいに綺麗で素敵な女の子をモデルにして、しかも恋人にもできるなんて。川島君にはもう、わたしなんて必要ないわよね。もう、わたしのことなんて、どうでもいいわよね」

「さつきちゃんはぼくのこと、そんな風にしか思ってないのか? なんだかがっかりだな」

「ひどい! どうしたらそんな風に言えるの?」

「…」

「そんなにがっかりなら、義理固くわたしを送ったりしないで、さっさとみっこの部屋に戻ればいいじゃない! わたしなんかにつきあうことないわよ。みっこだって、川島君が戻ってくれば喜ぶわ。わたしから好きな人を奪えるんだから」

「さつきちゃんはみっことは親友だろ? そんな言い方するなよ」

「あっきれた! よくそんなこと言えるわね。

親友も恋人も、わたしの大事にしていたものを、ふたりして次から次に壊していったくせに!」

「…」

「なにも言い返せないでしょ。だってほんとのことだもん」

「さつきちゃん。もうちょっと落ち着いて話そうよ。これじゃまともな会話ができない」

「『まともな会話』って、なにを話したいっていうのよ」

「文化祭のときに言ったじゃないか。『あとで話す』って」

「星川先生の『返事』のこと?」

「そうだよ」

「じゃあ今話してよ。わたし、落ち着いてるから」

「また今度、ゆっくりしたときに話すよ」

「またそうやって、わたしにないしょにするの? どうせロクな話じゃないんでしょ!」

「もういいから」

「そこまで言って話さないのって、ないでしょ。今言ってよ!」

「またな」

「話してよっ! 今すぐ!」

「う… ん。 …まあ、早く返事しないといけないし…

実は、今日が星川先生に返事する日なんだ」

「だから、なんの返事?」

「さつきちゃんにも相談したかったんだけど、昨日はあんなことになったから、言いそびれちゃって」

「いいから、早く話して」

「実は、星川先生から、『自分の東京のスタジオで働かないか?』って、誘われてて…」

「嘘つきっ!」

わたしは興奮して叫んだ。


つづく

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