Rip Stick 14
夜のキャンパスは明かりを灯した模擬店がずらっと並んでいて、人通りも多くて賑やかだけど、ファッションショーのあったアリーナの奥に広がる森や丘は真っ暗で、人の気配はない。
「川島君。どうしよう…」
みっともない声を上げながら、わたしは川島君を見た。
彼も心なしか蒼ざめた表情で、わたしを少しでも安心させるように、『大丈夫だよ』と繰り返す。
そうよね。
案外みっこは、模擬店なんかにいて、友だちと話に夢中になってるのかもしれない。
『どうしたの? さつき。そんなに慌てて』
みっこはきょとんとした顔で、わたしを見る。
そうだったら、どんなにかいいだろう。
わたしは少しでも自分を落ち着かせようとして、そんな風に考えてみたけど、みっこを捜す足どりが知らず知らずのうちに速くなっていくにつれて、不安も増すばかりだった。
「みっこ知らない?」
「みっこ見なかった?」
いつか川島君ともはぐれて、わたしは見かけた知人を片っ端から捕まえては、みっこの行方を訊いた。
だけど、みんな首を横に振るだけ。
そうしているうちにもうすぐ9時。
わたしはいったん、アリーナに戻ろうと思い、キャンパスの裏の森へ続く小径を、小走りに走っていった。
「……」
そのとき、うっそうと繁った森の奥から、風に乗って人の声が聞こえたような気がした。
緑の多い西蘭女子大キャンパスのなかでも、ここはいちばん森の深い所で、奥には小さな池もある。
昼間、みっこと歩いたときは明るく、樹々のざわめきもさわやかだったこの森も、夜は真っ暗で街灯もなく、大きな樹木のシルエットが、魔物か怪物のように道を塞いでいる。
「みっこ?」
怖さも忘れて、わたしは森のなかに入っていった。
「みっこ」
「みっこ?」
少し歩いて立ち止まっては、わたしは彼女の名を呼ぶ。
返事はない。
やっぱり気のせい?
これ以上奥は暗くて見えないし、もう戻ろう。
「…」
そのとき、森のもっと奥の方から、かすかに人の気配がした。
『やっぱりだれかいる!』
わたしは足音を殺して耳を澄ませながら、手探りでそちらに向かう。
「うっ… うっ」
人の気配は次第にはっきりして、それが泣き声だというのがわかった。
「みっ… う 大… だ… ね」
とぎれとぎれに、男の人の声もする。
「川し… く… す…」
その声は確かに、みっこと川島君だった。
川島君、先にみっこを探し当てたんだ!
わたしは少し安心した。
だけど、みっこの様子は、ただごとじゃないみたい。
いったい彼女に、なにが起こったんだろ。
いてもたってもいられない。
「みっこっ!」
わたしはいっそうの不安にかられながら、そう叫んで、ふたりのいると思われる方へ走り寄り、茂みを抜けた池のほとりに飛び出した。
「!」
そのとたんわたしは、目にした景色に思わず足がすくんで、動けなくなった。
声も出ない。
わたしは張りついたように立ちすくみ、目を凝らしてふたりを見た。
川島祐二と森田美湖は、抱きあっている!
川島君は、座り込んでいるみっこをかばうようにして抱きしめ、みっこは川島君の背中に両腕を回して、しがみついている。
そうしながら森田美湖は、自分のくちびるを川島祐二の口にきつく押しつけていた。想いを受け入れるように、彼も彼女の頬を両手で包み込んでいる。
信じられない!
「!」
わたしに気がついたみっこは、川島君を跳ねのけると、しゃがみこんだまま背中を向け、両手で乱れたブラウスの胸元を隠す。
なにがなんだかわからず、わたしは今来た方向へ夢中で駆け出そうとした。
「行くなっ!」
大きな声で、川島君がわたしを怒鳴った。
思わず足がすくむ。
彼はみっこの側を離れ、わたしの腕を掴む。
「離してっ。イヤッ!」
思いっきりからだをよじって、わたしは振りほどこうとしたが、川島君はわたしの腕を握る手に、さらに力を込めて言った。
「落ち着くんだ!」
「なにを落ち着くのっ? あんなことして!」
「みっこが…」
語気を震わせながら、川島君はそう言ったきり、黙りこんだ。
わたしはみっこを振り返った。
ブラウスが… 破れている。
ボタンもちぎれ、ブラジャーがあらわになっている。
スカートも泥まみれになっていて、引き裂かれたストッキングと引きちぎられたショーツが、そばに落ちている。
みっこの髪には土と草切れがついていて、頬には痛々しい青あざ。
血の滲んだ手で、みっこは破れたブラウスの胸元を固く握りしめ、肩で苦しそうに息をしながら、わたしの視線を避けるようにして、ぎゅっと唇を噛み、うつむいていた。
「みっこ…」
彼女の身に起きたことを想像して、わたしは全身の力がいっぺんに抜けてしまい、その場にぐったりと座り込んでしまった。
わたしも泣き出してしまいそう。
なんでこんなことになるの?
わたしたち、もっとうまくいくはずだったじゃない。
絶望と喪失感が頭の中を掻き乱し、わたしも両手で顔を覆った。
つづく
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