Rip Stick 13
「まっびぃ~!」
「あの女、すっげ~エロいじゃん。あんなのとヤリてぇよな~」
「『ガーターベルト』っていうんやろ? ふともものあの紐はそそるよな。パンチラも生だったしな」
「あれ、やっぱりノーブラだったろ? ビーチク透けて見えてたぜ。オレ興奮したぜ」
「西蘭のミスコンがわりだっていうから来てみたけど、あの女最高だったよな」
そのときわたしの後ろの方で、ふたりの男が興奮しながら話しているのに、気がついた。
なんだか聞き覚えのある声。
何気なく振り向き、ハッとあわてて目をそらすと、わたしは川島君の陰に隠れるようにした。
「さつきちゃん。どうしたんだ?」
突然の行動に、川島君が不審がる。
わたしは小さく叫んだ。
「去年の夏の、ナンパの人たちっ!」
そうだ!
去年の夏、わたしがはじめてみっこと海に遊びに行ったとき、みっこをナンパしてきて、逆にさんざん奢らされ、最後は夜の海で醜態さらけ出してしまった『サングラス』と『はにわ』だ。
わたしにはまったく気づかない様子で、ふたりは話を続けた。
「だけどあのモデル。もしかして去年オレたちのこと、騙してバカにしやがった女じゃないのか?」
「おまえもそう思った? オレも『なんか見たことある女やな』って思ってたんよ」
「だろ?!」
うそっ。
この人たち… みっこのこと、覚えてたんだ!
「こんなところにいたなんて、ビックリだい!」
「くっそ~っ。あの女のせいでオレのクルマ、あのあと戻ってみたらムチャクチャにされてたんだよな~。カーコンポも盗られるしさ」
「それに2万円もするメシ、おごらされたよな」
「おまけに、もう一歩でヤレるってところで逃げやがってよ。思い出しただけでも腹が立つゼ!」
「なんとかしてーな」
「なんとかしたいゼ」
「ヤッちゃるか?」
「そうだな!」
「こっちが楽屋か!」
『サングラス』と『はにわ』は語気を荒げながら、足早に楽屋へ続く通用口へ入っていった。
「大変っ!」
ふたりの姿が重い楽屋口のドアの向こうに消えてしまうと、わたしは大慌てで川島君に叫んだ。
「どうしたんだい? さつきちゃん」
藤村さんが訝しげに訊く。
「『去年の夏のナンパの人たち』って、さつきちゃんが前に話してくれた、ナンパ兄ちゃんのことか? みっこにさんざんな目にあわされたっていう」
ピンときた様子で、川島君が言った。
「そう! そのときの人たち。今、みっこのことを『ヤッてやる』なんて言って、楽屋の方へ行った!」
「そりゃ大変だ。早くみっこを探さないと」
川島君は驚いて言う。
「『ヤッてやる』なんて、物騒な言葉ね」
「なんだかわからないけど、とにかくみっこちゃんを捜した方が、いいみたいだな」
「藤村さん。お願いしますっ。まだ楽屋にいるはずですから」
わたしたちが楽屋に向かいかけたとき、ナオミとミキちゃんがやってきた。
「あ~。さつきちゃ~ん。なんかいい男たちに囲まれてるぅ~」
「あっ、ナオミ。みっこ見なかった?」
わたしは早口でナオミに尋ねる。
「ううん」
「楽屋の方、だれかいた?」
「今から行こうと思ってたの」
「ナオミ、いっしょにみっこ捜すの、手伝って!」
「うん。いいけどぉ…」
「わたしも手伝います」
状況の見えていないナオミとミキちゃんにも加わってもらい、わたしたちはとりあえず、楽屋に急いだ。
ナオミの言うとおり、楽屋にはだれもいなかった。
冷たく蛍光灯の灯った無機質なコンクリートの部屋は、シンと静まり返っていて、みっこはおろか、人の気配もなかった。
「あっ。あの花束」
ナオミがそう言って、小部屋が並ぶ通路の奥に走っていく。
見ると通路の非常口の前に、真紅の大きな薔薇の花が散らばっていて、花びらに踏みつけられたような痕がいくつもあった。
これは…
みっこが藍沢氏からもらった花束!
それがこんな所に落ちているなんて…
なんだか、イヤな予感がする。
「もしかして外かもしれない。ぼくは外の方を捜してみるよ」
川島君はそう言って、非常口を飛び出す。
「じゃあぼくも、外を捜してみよう」
藤村さんも外に出て、川島君と反対の方向へ小走りに駆けていく。
「わたしはトイレとか見てくる!」
「さつきちゃん。あたしも行く!」
「わたしも手伝います」
わたしが駆け出すと、ナオミとミキちゃんもいっしょについてきた。
「じゃあ、わたしはみっこが来たときのために、ロビーで待ってるわね!」
星川先生は、みっこを捜しに出たわたしたちに叫んだ。
楽屋やホールのトイレをくまなく捜し、だれもいないことを確認して、わたしたちはとりあえずロビーの星川先生の所に戻り、そこでみっこや他の人たちを待った。
だけど、みっこは来ない。
あれからもう、5分以上が過ぎている。
「どうしよう、星川先生」
不安と緊張で語尾を震わせながら、わたしはすがるように星川先生を見上げた。
どうしてこんなことになってしまったの?
せっかくファッションショーもうまくいって、久し振りにみっこや川島君との一体感も感じて、わたしの気持ちもようやく落ち着いてきたっていうのに。
「みっこ、来た?」
さらに5分くらい経って、川島君がハァハァと息を切らしながら、ロビーに戻ってきた。
「まだ! 外にもいなかったの?」
「どこにも」
「グラウンドの方にはいないみたいだったよ」
そう言って藤村さんも戻ってくる。
「じゃあ、裏山の方かもしれない!」
川島君は息つくひまもなく、また外に出ようとする。
「わたしも捜す!」
そう言って、わたしも川島君について行こうとした。
「よし。みっこちゃんが見つかっても見つからなくても、9時にはここに戻ってくるようにしよう」
藤村さんはそう言いながら、わたしたちとは反対の出口へ向かった。
「わたしも行くわ。ナオミちゃんたちは、ここでみっこを待っててね」
「うん!」
星川先生もナオミたちを残して捜索に加わり、わたしたちはアリーナの外に出た。
つづく
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