Rip Stick 12
楽屋でスタッフとモデルみんなで、簡単にジュースで打ち上げの乾杯をしたあと、わたしたちはそれぞれ、片づけに取りかかった。
「みっこ、すっごいよかったわ。なんかわたしまで、感動しちゃった」
洋服や靴、小物類を、カバンやポーチに分類して詰め込みながら、わたしはとなりでいっしょに片づけをしているみっこに言う。小池さんの『Misty Pink』は、出場チームのなかでいちばん作品点数が多かっただけに、片付けもほかより時間がかかっていた。
本格的な打ち上げパーティは、場所を変えてやる予定だったので、どのチームも片づけが終わり次第会場に移動し、楽屋に残っているチームは少なくなっていた。
「…ん。ありがと」
「みっこがモデルをしてるとこは、モルディブのときしか見てないけど、ファッションショーだとまったく、雰囲気が違うわね」
「うん。やっぱり、ライブだから」
「そうよね~。お客さんとの一体感っていうか、撮影とは違う緊張感があるわよね」
「…ん。あたしも久しぶりで、とっても充実してた」
ショーの余韻がまだ残っているようで、みっこは半ば放心状態で、受け答えしている。
達成感に酔っているみたい。
「よしっと… 片づけも終わったわね」
いくつかの大きなトランクに、衣装を全部詰め終えた小池さんは、軽く額に汗を滲ませている。
「遅くなったわね。他のチームはみんな行っちゃたか」
誰もいなくなった楽屋を見渡した小池さんに、鏡に向かったままみっこは言う。
「お疲れさまでした。あたしはもう少し支度に時間がかかりますから、小池さんお先にどうぞ」
「そう? じゃあ、搬出もあるし、わたしは先に行くわね。打ち上げパーティは9時から学校前の『森の調べ』よ。みっこちゃんたちも来るでしょ?」
「ええ。あたしは行くけつもりだど…」
「あ。わたしも行きます」
「わかったわ。じゃあ、そのときにまた会いましょ!」
「はい。じゃあ、またあとで」
「じゃあ、お先に。お疲れさま!」
「お疲れさまでした~」
そう言いながら、小池さんは他のスタッフと、たくさんのバッグを抱えて、楽屋を出ていった。
「そう言えば、さつきはロビーに川島君、待たせてるんじゃない?」
髪をセットしながら、みっこは思い出したように言う。
「あ。そうだった」
「あたしももうすぐ終わるから、先に行ってていいわよ」
「え? いいよ。みっこが終わるまで待ってるわ」
「さつきも打ち上げ、行くんでしょ?」
「うん」
「打ち上げパーティは、終わるの遅くなるかもしれないわ。そうしたら、川島君とは今日はもう、会えないかもよ?」
「…そう、ね」
昼間、川島君とはあんな別れ方したから、なんとなく気まずい。
『ファッションショーのあと、ロビーで』って言ってくれたものの、ショーが終わって時間も経ったし、ちゃんと待っててくれてるか、少し不安。
今日のけんかを翌日まで持ち越したくないし、かといって、打ち上げには参加したいし…
みっこは少し心配顔で、わたしに言う。
「仲直りだけでも、ちゃんとしといた方がいいんじゃない?」
「…ん。 そうね。じゃあ、先にロビーに行ってみる」
迷いを吹っ切るように、わたしは明るく答えた。
ショーが終わった今のハイな気分なら、川島君とも気軽に話せるかもしれない。とりあえず、川島君に会おう。
「あたしもすぐに行くわ。またあとでね」
そう言ってみっこは、鏡越しに軽く微笑み、わたしに小さく手を振った。
みっこをひとり残して、わたしは楽屋を後にした。
運命の分かれ道は、そんなささいな所に潜んでいる。
今、思い返せば、それがわたしたちにとって、最後のターニング•ポイントだったのかもしれない。
「さつきちゃん、お疲れさま」
約束通り、川島君はちゃんとロビーで待っていてくれて、通用口から顔を見せたわたしに、暖かく声をかけてくれた。
川島君の他に、藤村さんと星川先生もいっしょにいる。
「とてもよかったじゃない。服のデザインも素敵だったし、わたしたくさん写真撮っちゃったわよ」
「みっこちゃんの独壇場だったね。やっぱりこういうステージじゃ、素人とプロの差は歴然だな」
「オープニングのあと、みっこちゃんがひとりでステージ持たせてたでしょ? あれはもしかして、演出じゃなくて、着替えにもたついてたからとか?」
「あのシーンか。演出は派手で面白かったけど、ちょっと無謀すぎたかもな。でもその無茶っぷりが、学生の特権でもあるんだよな。ぼくらじゃあんなリスキーな演出は、避けようとするもんな」
ショーやみっこの感想を言い合いながら、しばらくはみんなロビーで立ち話をしていた。
「そういえば、みっこちゃんは?」
藤村さんがわたしに訊いた。
「今お化粧直ししてます。もうすぐ来ると思います」
「そうか。みんなで食事でもと思ったけど、どうかなぁ?」
「9時からショーの打ち上げパーティがあるんですけど… みなさんもいかがですか?」
「そんな。わたしたちは部外者だから、遠慮しとくわ」
「ははは。こんなおじさんが行くより、若い女の子だけででワイワイやった方がいいだろ」
わたしの誘いを、藤村さんと星川先生は笑いながら断った。川島君はわたしに訊いた。
「さつきちゃんもみっこと、打ち上げに行くのかい?」
「ええ。せっかくだから行こうと思うの。ごめんね」
「いいよ。今日は楽しかったよ」
「ほんとに?」
「ああ。さつきちゃんとは昼間、いろいろ回れたし」
「そうね。楽しかった」
「打ち上げのあと… ちょっと会えないかな?」
少し考えたあと、川島君が切り出した。
「せっかく藤村さんや星野さんが東京から来てくれたんだし、あと、さつきちゃんにも、話したいこともあるし」
「それは、怖いけど…」
「大丈夫だよ。悪い話じゃないんだから」
「そう?」
「心配しなくても、さつきちゃんのことは、これからもずっと、大事にするよ」
「…ん。 嬉しい」
彼の言葉に、わたしは素直にうなずいた。
川島君の話が、たとえわたしたちの恋愛に距離を生むようなことでも、それが彼の選んだ道なら、わたしもそれを受け入れてあげたい。祝福してあげたい。
川島君には、人を感動させられる仕事をしてほしいし、それができるだけの力を、彼は持っているし、回りの人たちから認めてもらっている。
わたしの小さなわがままで、そんな彼の可能性を潰したくはない。
ひとつのステージが、わたしをこんなにも素直な気持ちにさせてくれた。
今までのわだかまりが、さっきのファッションショーの感動の余韻のなかで、まるで春の淡雪のように消えていくみたい。
やっと抜け出せそう。
そう思って、わたしはようやく、心に日が射してくるような気持ちになった。
つづく
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