Rip Stick 11
光り輝いたステージも、やがてフィナーレ。
みっこは、オフホワイトのサテン地に、生成りのレースをふんだんに使って、白のグラデーションを描いたウェディングドレス姿で登場した。
背中のレースアップとプリンセスラインが、可愛らしさのなかに女性の色香を
長い豪華なトレーンを引きずりながら、みっこは清楚な足どりで、センターステージへ向かって、ゆっくりと歩いていく。
満面の笑みに、興奮を抑えるように紅潮した頬は、まるで本物の花嫁のよう。
センターステージの中央で、静かに腰をかがめて会釈したみっこは、フィナーレを飾るかのように、大きく腕を広げて、観客の拍手に応え、持っていた真っ白なブーケを、客席に投げた。
『わっ』と、歓声が沸き起こる。
「…わたし、やっぱりみっこちゃんに着てもらえて、よかった」
ずっと黙ったまま、目を凝らして、みっこのウェディングドレス姿を見守っていた小池さんは、ぽつりとつぶやいた。
きらびやかなステージを見つめる瞳には、涙がたまっている。
日頃はクールで、しっかりしている小池さんだったから、それは意外な光景だった。
「わたしの服が、こんな風に揺れたらいいな、広がったらいいな、って思ってたとおりに、みっこちゃんはわたしの服を魅せてくれた。
ううん。そうじゃない。
みっこちゃんは、わたしの服に、命を与えてくれた。
ほんとに嬉しい。
こんな嬉しいことって、ない!」
小池さんはそう言って、ハンカチで目頭を押さえた。
ああ…
この人は、こんなに服を作るのが、好きなんだ。
そう感じると、なんだかわたしまで、感動してきちゃう。
去年の学園祭でのみっこの言葉を思い出して、わたしはそのまま小池さんに告げた。
「『一着一着に作ってくれた人の愛情とか情熱を感じるし、それを着こなすことに、誇りと満足感みたいなものも感じる』、って、みっこは言ってたんですよ」
小池さんは黙ってうなずきながら、またハンカチで瞳を拭った。
あのときのみっこの言葉の意味が、ようやくわかった気がして、なんだか胸が熱くなってきた。
『魂がシンクロする』っていうのかな?
デザイナーの小池さんの思いを、みっこがすべて受け止めて表現できたとき、ひとつの『奇跡』が生まれるのかもしれない。
エンディングのテーマ曲がクライマックスを迎え、興奮のさめない様子で、モデル全員がステージに並ぶ。
衣装を作ったチームのスタッフも、全員ステージにあがり、観客席に向かって笑顔で手を振る。
会場の万雷の拍手のなか、ライトがさらに輝きを増し、それぞれのチームのスタッフとモデルを紹介するアナウンスが流れ、紹介されたチームが中央に進んで会釈をしていき、観客は拍手を贈る。
『Misty Pink』はそのなかでも、ひときわ大きな拍手をもらい、小池さんやみっこ、ミキちゃんはそれに応えるように、力いっぱい観客席に手を振った。
そしてフィナーレ。
全員が客席に、ちぎれんばかりに手を振るなか、ライトがゆっくりと落ちていき、ステージは漆黒の世界へと戻っていった。
舞台が暗転しても、わたしたちの興奮はまだ醒めない。
袖に引っ込んだとたん、それぞれのチームのメンバーは歓声を上げ、混みあったバックステージのあちこちでは、モデルがスタッフやデザイナーと喜びあったり、抱きあったりして、舞台の裏側は、ファッションショーが成功した喜びと安心の色に包まれた。
「ありがとう! みっこちゃん! ほんとにありがとう!」
小池さんはウェディングドレスを纏ったみっこを抱きしめ、感極まったように、頬にキスをする。
みっこも熱く瞳を閉じてうなずき、小池さんの首にぎゅっと腕をまわした。
「本当によかった」
自分のしたことが恥ずかしいという風に、小池さんはみっこから離れたが、それでも彼女の手をとったまま、頬を赤らめながら言った。
「あなたにわたしの服を着てもらえて、本当に嬉しかった」
「ありがとうございます」
「一年待った甲斐があったわ」
「…あたしもです」
「あなたは最高のモデルよ!」
「…」
みっこは瞳を閉じたまま、満足そうに小池さんの最大級の賛辞を聞いている。
「わたし、今日くらい、自分が服を作っててよかったって、思ったこと、ない。
わたし、必ず一流のデザイナーになるから! そして、もっといい服を、たくさん作るから!」
「ええ。期待しています」
「そのときは、もう一度、わたしの服を着てちょうだい。きっと!」
「はい」
そううなづくと、みっこは小池さんの手をぎゅっと握り返して、まっすぐに瞳を見つめて、ニッコリと微笑んだ。
「小池さんの服。とっても素敵でした。着せて頂けてあたし、幸せでした」
「ありがとう! みっこちゃん!」
彼女はもう一度、みっこを抱きしめる。
こうして『1991 Seiran Women's University Fashion Show』は、幕を閉じた。
つづく
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