Rip Stick 6
西蘭女子大学園祭のメインイベントのひとつ、『1991 Seiran Women's University Fashion Show』は、2時間足らずのイベントだが、それに向けてみんなのパワーが、すべて注ぎ込まれている。
それはまるで、打ち上げ花火。
華々しい一瞬のために、たくさんの手間と人と時間をかけて、仕掛けを作り上げていく。
半年以上も前から、わたしもこのイベントのお手伝いをしているけど、ひとつのショーに、これだけの手間ひまがかかるんだと知り、それをやり遂げようとするみんなの情熱に、ただ感嘆してしまった。
わたしなんて、たいした仕事をしていないけど、服を作るチームのみんな、ステージに立つモデルさん、それを支える照明さんや音響さん、MCさんをはじめとする、たくさんのスタッフさんに支えられて、ショーはできあがっているのだ。
だれが欠けても、ショーの成功はない。
なのでどうあっても、このイベントは成功させたい。
ファッションショーは5時半開場6時開演で、最後の通し稽古は3時からの予定だったけど、今になって構成が一部変わったとかで、30分ほど繰り上げてリハーサルをすることになった。
今までのリハーサルは、衣装が完成してなくてモデルが普段着のままだったり、メイクもしていなかったり、照明や舞台のいろんな効果もなかったりしたけど、この本番直前のリハーサルは、照明やMCをはじめ、衣装もメイクも本番通りで、ノンストップで進められるドレスリハーサル。
当然楽屋裏は、幕間の着替えやヘアチェンジなんかで、大わらわになってくる。
本番さながらの緊張感で、わたしたちは最後のリハーサルに臨んだ。
ドレスリハーサルを終えたあとの楽屋は、それぞれのチームが固まって、開演までの短い時間を思い思いに過ごしている。
オープニングのダンスの練習に余念のないモデルさんや、緊張で表情を固くして、控え室の隅でうずくまってブツブツつぶやいている人。かと思えば、舞台前の腹ごしらえに、屋台で買った焼きそばなんかを食べているチームもいた。
「結局衣装が全部完成しなかったグループが出てね。
その部分の台本書き換えて、演出を削ったり他で埋めたりしたから、その確認のために、リハを早めたんだって。
でも、無念だろうな~、そのグループ。ショーに出品できないのって」
わたしが手伝っている『Misty Pink』のデザイナーの小池さんは、衣装の最終チェックをしながら、同情するように、今回のリハーサルの変更理由を説明してくれた。
鏡台の前に座ってメイクを直していたみっこは、申し訳なさそうに、小池さんにあやまる。
「すみません。あたしのせいで、去年は小池さんに、そんな無念を舐めさせてしまって」
「あっ。ごめん、みっこちゃん。別に責めてるわけじゃないから」
小池さんはそう言って、みっこに明るく微笑みかけたけど、ひと息おいて、続けた。
「まあ… 実を言うとね。そのときはやっぱり悔しかったわ。でも、去年のことはわたしにとって、『カリスマ』なんて回りからヨイショされて、思い上がっていた自分を戒める、いい経験だったと思うの。
それに、あれから一年で、新しいアイディアも湧いてきて、それを形にする技術も身につけて、わたしのスキルも上がったわ。
このファションショーは、西蘭のミスコン替わりでもあるから、出場者は在学中に1回しかモデルをできないでしょ。だから、よりいい形で、こうやってみっこちゃんをモデルに迎えられて、逆に去年断ってもらってよかったとさえ思っているのよ」
小池さんはそう言って、みっこに微笑みかける。その隣で、真っ赤に目を腫らせて髪もボロボロにし、一心不乱にドレスの細部を縫っていたミキちゃんが、嬉しそうに手を上げた。
「小池さん、終わりました~っ!」
「わぁ! ありがとミキちゃん。ここの刺繍だけはもう間に合わないかと思ってたけど、ミキちゃんの頑張りで助かったわ。もう、完璧ね!」
そう言ってドレスをチェックした小池さんは、思い出したようにあたりを見渡し、ポツリと言う。
「そういえば、おなか、すいたわね。みんなお昼も食べてないし… なにか食べ物ないかな? だれか模擬店でお菓子でも買ってこない?」
「あっ。わたし、シフォンケーキ作ってきましたよ。どうぞ」
バッグから財布を取り出そうとした小池さんに、わたしは今朝作った紅茶のシフォンケーキを差し出した。今までの経験から、修羅場のあとはみんなおなかがすいてるって、予想してたんだ。
「やったぁ。さつきちゃんの手作りケーキ! 本番前に元気が出るわ」
小池さんは嬉しそうに、差し出したシフォンケーキに手を伸ばした。
「生クリームも用意してるんで、よかったらいっしょに食べて下さい」
そう言いながらわたしは、タッパーに詰めた生クリームをバッグから取り出す。
「さつきちゃん、用意万端ね」
楽屋に遊びに来ていたナオミが、いつの間にかわたしたちのチームの輪に入ってきていて、さっそくタッパーのふたを開けて、生クリームをシフォンケーキに盛りつけていた。
「じゃあ、わたしは紅茶でも買ってきますね」
作業を終えたばかりのミキちゃんが気を利かせて、足元をフラフラさせながらも、近くの自販機から『午後の紅茶』を買ってきてくれる。
本番前だというのに、ささやかなティータイムがはじまった。
つづく
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