しあわせの作り方 4

「もしもし?」

「さつき…」

電話に出てみると、みっこの沈んだ声。

「何回もごめんね。さつき、今は時間、大丈夫?」

「うん。大丈夫だけど」

「あたし、今、さつきんの近くの公園の、公衆電話からかけてるの。来られる?」

「えっ? 今から?」

「無理そうならいいわ。もう帰るから」

「ううん。さっきまでケーキ作ってて、ちょうど完成したところなの。今から着替えて、5分くらいで行けるけど」

そう答えると、みっこは少し安堵したような声になった。

「うん、待ってる。ごめんね。いきなり呼び出して」


手近にあったワンピースに着替えて、わたしは急いで公園に向かった。

いったいどうしたんだろう?

みっこの声は、なんだか物思いにふけるように、重く、沈んでいた。

なにか悩みでもあるんだろうか?




 群青色の黄昏が漆黒に塗りつぶされ、秋の長い夜は、はじまったばかりだった。

帰宅ラッシュを終えた住宅街は、静かな闇のとばりに沈んでいた。

公園に着くと、わたしはあたりを見回した。

街灯が所々を照らしているものの、薮の奥や木陰はもう真っ暗で、よく見えない。

こうして夜の公園を歩いていると、どうしても過去の幻影がよぎる。


そう。


この公園は、川島君が家まで送ってくれるときに、時々寄っていくところ。

ベンチに座ったり、ブランコに揺られたりしながら、この暗がりでキスをしたり、抱きあったりしたっけ。

そんなまぼろしが、一瞬、オレンジ色のナトリウム灯の下に見えた気がした。


 みっこは公園の隅のブランコに座り、ゆらゆらとわずかにブランコを揺らしながら、淋しそうにうつむいていた。

わたしが見つけて近寄っていくと、顔を上げて、パッと花が咲いたように、嬉しそうな顔で迎えてくれる。

たまらないな。

みっこのこの微笑みには、やっぱり人を惹きつける魅力がある。

それは、作られた微笑みなんかじゃなく、純粋に、好意の感情から溢れ出した笑顔だからかなぁ。


「ごめん。待たせちゃって」

みっこのそばに駆け寄ったわたしは、少し息を弾ませながら言った。恥じらうように微笑みながら、みっこはブランコを揺らして応える。

「ううん。こっちこそごめんね。こんな夜に呼び出したりしちゃって」

「いいのよ」

「あたし、ブランコなんて、久し振りに乗っちゃった。なんだか子供の頃に戻ったみたい」

「あは。そうかもね」

「あの頃はよかったな」

「あの頃?」

「まだ幼かった頃。

そのときは必死に悩んでたことでも、今考えたらどうでもいいような、ほんのちっぽけなことだった。そんな風に、今悩んでることも、いつかは笑って、思い出せるようになるのかなぁ」

「どうしたの? 急に」

「ううん… 直接ね。さつきの顔を見て、話したくて」

「え? なにを?」

みっこはブランコを揺らすのをやめ、じっとわたしの瞳を見つめる。


「あたし、さつきに謝らなきゃいけないことがあるの」

「謝る?」

わたしは訝しげに訊き返す。

花のような笑顔から一転して、思いつめた表情になり、みっこは少し沈黙したあと、覚悟を決めたように、告白した。


「あたし、先週、川島君と長崎に行ったのよ。モデルをするために」

しばしの沈黙が、ふたりの間に流れる。

いろんな想いが脳裏を駆け巡り、どう返そうか迷ったわたしは、ひとことだけ、言った。


「……知ってる」

「えっ? どうして?」

『まさか』というように驚いて、みっこは訊き返す。わたしは説明した。


「『みっこと川島君らしい人を、長崎で見た』って女の子たちが話してるのを、偶然聞いちゃったことがあるの。そのあとで川島君に訊いてみたら、『行ったよ』って言ってたから」

「…そう。それでさつきは… 川島君とはなんともないの?」

「なんともないって?」

「勝手にさつきの許可も得ないで、あたしが川島君のモデルなんかしちゃったから…」

「わたしの許可なんて、いらないでしょ」

「でも、川島君は、さつきの彼氏だから…」

「別に、『デート』ってわけじゃないんでしょ? だったら恋人とか彼氏とか、関係ないんじゃない?」

「さつきは気にならないの?」

「そりゃ、気になるわよ。わたしになにも言ってくれなかったのも腹が立つけど。

でも、しかたないじゃない。

川島君はみっことは、『モデルとカメラマンとして、きっちりやっていける』って言ってたし、そうまで言われたら、わたしとしては、その言葉を信じるしかないし」

「…そう」


みっこはつぶやくように言うと、真意を測るかのように、じっとわたしの瞳の奥をのぞきこむ。

せっかく、忘れようとしていたのに…

昼間の悶々もんもんとした想いが、またもや心の奥底から込みあげてくるのを感じて、わたしの胸は締めつけられるように、苦しくなってきた。


昨日の夜、川島君に電話をして、みっこと長崎に行ったことを聞き出したばかりだというのに、今日みっこが急に、そのことをわたしに打ち明けるのって、タイミングがよすぎない?

まるで、川島君とみっこが裏で連絡とりあっていて、その上でみっこが、わたしの様子を探りにきているんじゃないかと、疑わざるをえない。

そんなことをするほど、川島祐二と森田美湖は、親しいの?

そんなことをしなきゃいけないほど、ふたりはわたしに、隠しておきたいことでもあるの?


せっかくケーキづくりが上手くいって、気分もちょっと上向きになってきたっていうのに、さっきまでの重たい気分に逆戻り。

鬱憤うっぷんがたまってきたわたしは、声が沈んでいき、受け応えの口調も、冷めたものになっていった。そんなわたしの気も知らないで、みっこは明るい口調で言う。


「そうね。あたしもね。川島君とは、『モデルとカメラマン』として、けじめつけて、つきあって行けると思うわ」

「みっこ、これからも川島君のモデルするつもり?」

「え?」

わたしの言葉に、みっこは一瞬、うろたえた。


つづく

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