しあわせの作り方 5

「みっこ、これからも川島君のモデルするつもり?」

「え?」

わたしの言葉に、みっこは一瞬、うろたえた。

「またふたりでどこかに行って、写真撮ったりするの? わたしにないしょで」

「そんなこと… さつきが『ダメ』って言ったら、川島君とはもう、会わないわ」

「それじゃまるでわたしが、『川島君のモデルをしないで』って、言ってるみたいじゃない」

「そういうわけじゃ…」

あららぎさんのときもそうだったけど、『モデルとは恋愛感情抜きでつきあう』って、川島君は言ってるのよ。なのに、そんな理由でみっこが川島君のモデルをやめたら、わたしが悪者みたいじゃない」

「悪者なんてことはないわよ。じゃあ、川島君のモデルをするときは、さつきといっしょに行くようにすれば、いいんじゃない?」

「別に… ふたりで行ってもいいわよ。どうせわたし、邪魔だし」

「…さつき」

「なんかもう、疲れちゃった」

「…」

「今朝、川島君から電話があったけど、わたし居留守使っちゃったのよね。なんだか、今は川島君とは、なにもしゃべりたくないの」

「さつき… 川島君と、うまくいってないの?」

みっこは不安そうに、わたしに訊ねた。


なに?

その白々しい言葉。

『うまくいってない』のは、みっこのせいじゃない。


怒りに近い感情が、ふつふつとわき上がってきて、わたしは突っけんどんに答えた。

「…うまくいってないみたい」

「ほんとに?」

「…みっことも、うまくいってないみたいよ。今は」

「…」


突き放すようなわたしの台詞に、彼女は肩を落とした。

『生意気でわがままな小娘』の森田美湖なら、こうやってひどいことを言われても、ひるまないはずなんだけど、今はわたしへの罪悪感のためか、彼女はなにも言い返してこない。

それをいいことに、わたしは追い討ちをかけるように言い放つ。今までの鬱憤うっぷんを、ぶつけるように。


「みっこ。川島君のこと、好きなんじゃない?」

「え? どうしてそう思うの?」

「なんとなく、そう感じるのよ」

「別に、そんなこと…」

「ないっていうの? でもみっこは、あなたが好きになった人のこと、全然言ってくれないじゃない? わたしいろいろ考えたんだけど、それって、相手が川島君だから、わたしに言えないんじゃないの?」

「そんな… 違うわ」

「ほんとに?」

「…ええ」

「じゃあ、みっこの好きな人って、だれなのよ?」

「………」

「なにも言ってくれないのね」

「え?」

「みっこも川島君も、なんにも言ってくれない。

わたしがどんなに傷ついて、悩んだかわかる?

みっこにも川島君にも、裏切られたみたいで、それでわたしがふたりのこと疑うのは、当たり前じゃない。もう、いい加減にしてって感じよね」

「…ごめん」

「あやまってもらわなくていい」

「…」

「じゃあ、わたし。もう帰るから」

「 っあたしが…」

そう言って背中を向けたわたしに、みっこは反射的に言葉を発した。訝しげにわたしは、彼女を振り返る。


「…あたしが、好きなのは…」

「え?」

「あたしが好きなのは………   文哉さん」


消え入りそうな声で、みっこはそう告白した。


…意外。


あれほどかたくなに口を閉ざしていたみっこが、いきなり告白するなんて。

しかも相手は予想どおりというか、望んだとおりというか…

とにかく、川島君じゃなかったんだ。

念を押すように、わたしは訊いた。


「文哉さんって… 藤村文哉さん?」

「ええ」

「プロデューサーの?」

「そう」

「藤村さんって…」

「そう。結婚してる。だから… さつきにも言いづらかったの」

「わたし… モルディブで、みっこと藤村さんが、夜、外にいるのを見たわ」

「えっ?!」

わたしの言葉にみっこは目を丸くして、大袈裟な反応を見せた。

「モルティブを出発する前の夜、実はわたしと川島君とふたりでこっそり、夜の海で泳いでいたのよ」

「…そうだったの?」

「わたしたちが帰るとき、藤村さんとみっこがホテルから出てくるのが、遠くからチラッと見えて」

彼女の過敏な反応から、わたしが見たことを全部話してしまうのは、やっぱりまずいと思い、肝心なところは適当にボカして話した。

「そ、そう…」

秘密を見られなかったことに安堵したのか、彼女はほっと胸を撫で下ろした。わたしはカマをかけてみる。

「あのあと、みっこと藤村さんは、どこかに行ったの?」

「ええ… その辺でちょっとおしゃべりして、しばらくふたりで、夜の海を見てたの」

「それだけ?」

「ええ」

「ふ~ん…」


みっこはわたしに、嘘をついた。

なんだかショック。


確かに厳密には、それは『嘘』とは違うかもしれない。

彼女お得意の、『嘘をついてるわけじゃないけど、ほんとのことも言ってない』っていう、はぐらし方。

そりゃあ、『藤村さんと夜の海を見ながらエッチしてた』なんて、正直に言えることじゃないのはわかるけど、わたしたちは『親友』なんだから、彼女の口から、本当のことを打ち明けてほしかった。

なんとなく、奥歯にものがはさまったようなじれったさが残り、わたしの口調も辛辣になってくる。


つづく

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