しあわせの作り方 3
あれから1年…
わたしはどう変わったんだろう?
幸運にも、川島君とは恋人同士になれた。
みっことも、いろんなことを話せる、心からの親友になれた。
だけど、今のわたしは、あの頃に持っていた、些細なできごとに対する感動… デリカシーを、失くしてしまったのかもしれない。
川島君と『おとなの階段』を登って、彼に愛されることに慣れてしまったわたしは、そんな彼の気持ちを逆手にとって、ずいぶんワガママを言うようになった。
あんなに大好きでたまらなかった川島君を、自分のワガママで振り回し、時には彼に対して、不満を持つことさえある。
こうして過去を振り返ってみると、いろんな大切なものを、わたしはあちこちに置き忘れてきてるような気がする。
わたしはこの一年で、たくさんの大事なものを失くしてしまったの?
それ以上に、もっと大切なものを、本当に手に入れることができているの?
川島君は、雑誌のフォトコンテストで金賞をとり、夏休みには東京で、一流の写真家のもとでバイトをして、評価されて、小説コンクールでも佳作に入って、一歩一歩確実に、自分の夢を実現している。
みっこも、藍沢さんへの想いを吹っ切り、アルディア化粧品のキャンペーンガールをはじめとして、テレビや雑誌で、モデルとして活躍しはじめている。
ふたりはどんどん先に進んでいく。
わたしはいつも立ち止まり、こうやって過去を振り返って、思い出に浸ってばかり。
なんだかふたりに、置いていかれてるような気がする。
このまま、なにもしないでいると、川島君もみっこも、どんどんわたしから遠ざかってしまう。
だけどわたしには、どうしていいのかわからない。
出口が見えない。
「ふふ」
冷めてきたスポンジケーキを前にして、わたしは思い出し笑いをしてしまった。
そういえば、去年のみっこが、ちょうどこんな感じだったな。
『あたし… 今はまだ、なんにも見えない』
そう言って彼女は、心を閉ざしてしまい、ずいぶんわたしを悩ませた。
今のわたしって、あの頃のみっこと同じような気持ちなのかなぁ?
それはまるで螺旋階段。
終わらないゲームのよう。
前に見た景色を、こうやってまた繰り返し、眺めている。
そんなことをとりとめもなく考えているうちに、わたしはケーキに塗るクリームやトッピングのフルーツがないことに気がつく。このままじゃあ、いつまでたってもケーキづくりは進まない。仕方ないので、スポンジの熱がとれる間に、近所のスーパーにでも買い物に行こうと、わたしは外出の支度をした。
RRRRR… RRRRR… RR…
玄関に出たとたん、目の前の電話が鳴った。
仕方なくわたしは受話器をとる。
「はい。弥生ですけど」
「あ。さつき?」
電話は森田美湖からだった。
「さっきも電話したのに、コールバックしてくれなかったのね」
「あ、ごめん。ちょっと手が離せなくて」
「いいんだけど… 昨日『リハ見に来る』って言ってたのに、来ないから心配になって、電話してみたのよ」
「ごめん。ちょっと、急用が入っちゃって、行けなくなったの」
「そう… 残念」
「あっ。わたし、今から出かける所だから」
「そうなの?」
「うん、ちょっと買い物に。ごめんね」
「…ううん。あたしこそ、いきなり電話しちゃって、ごめんね。またゆっくり、話ししようね。いろいろ相談したいこともあるし」
「そうね。じゃあ」
「…じゃあね」
そそくさと電話を切って、わたしは買い物に出かけた。
トーンの下がった声のニュアンスから、みっこにはもう伝わっただろな。
わたしが彼女のこと、なんとなく避けてるのが。
もちろんわたしは、みっこのことが大好き。
いちばんの親友だと思っている。
だけど今は、彼女に対していろんなコンプレックスや嫉妬があって、まともに話せない。
森田美湖が、川島君の卒業展のモデルをした。
彼女の実力や容姿からすれば、それはなんの不思議もないことだけど、やっぱり、彼女が選ばれたことに嫉妬し、不安になってしまう。
川島祐二にとって、わたしは『恋人』ではあっても、『モデル』としての価値はないってこと。
そんないきさつを、みっこから言ってもらえなかったことで、余計に寂しさと悔しさが募ってくる。
親友なのに、なんだか裏切られた気分。
買い物の間中、そんな想いがエンドレスで、頭の中をグルグルまわり続けた。
こんなもやもやした気持ちでいるから、買い物から帰ってもしばらくはなにもする気がおこらず、わたしはベッドに転がったまま、ダラダラした時間を過ごてしまった。
ようやくケーキづくりにとりかかったのは、夕食も終わって、すっかり日も暮れてしまった頃。
『邪魔になるから、出しっ放しのケーキ道具をなんとかしなさい』と母に急かされて、わたしはようやく重い腰を上げ、ケーキづくりを再開させた。
生クリームをハンドミキサーで、軽く角が立つくらいに泡立てる。
そのクリームを、スポンジの表面にナッペしていき、残りのクリームは絞り出し袋に入れて、スポンジの上に形よく絞り出していく。
買ってきたフルーツは、ゼラチンにシロップを混ぜたものでコーティングし、配色を考えながら、スポンジの上に盛っていく。
ちょっと大人な味にしたかったので、シロップにはリキュールを多めに入れてみた。
地味なスポンジづくりと違って、ナッペとデコレーションは、ケーキづくりでいちばん楽しい作業。
わたしはさっきまでの悶々とした気分も忘れて、ケーキづくりに没頭していった。
「よし。できあがり!」
そう言って、思わず笑みがこぼれる。
今日のケーキはラズベリーとブルーベリー、グレープフルーツやキーウィをたっぷり使った、フルーツデコレーションケーキ。
生クリームはちょうどいいやわらかさで、絞り出した形も綺麗だし、フルーツもシロップでつややかに輝いて、おいしそう。
我ながらいい出来で、思わずほっこり、顔がほころんでしまった。
とそのとき、電話のベルが鳴り、
「さつき~電話よ。森田さんから」
と、お姉ちゃんが玄関から、わたしを大声で呼ぶ声がした。
つづく
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