Double Game 7
だけどその翌日、小説コンクールのショックも冷めないうちに、まるで追い打ちをかけるように、もっとショックなできごとが起きてしまった。
わたしはこの二日間のことを、きっと一生忘れないだろう。
その日は土曜日で、講義は午前中だけだったけど、夕方からはアリーナでファッションショーのリハーサルがある予定だったので、見学に行くつもりにしていた。
みっこは今、東京に戻っているけど、リハーサルの時間に合わせて帰ってくるというから、それまでいつものカフェテリアで時間を潰すことにして、わたしはいちばん窓ぎわのテーブルに席をとり、スナック菓子とジュースをお供に、鞄から文庫本を取り出して読みはじめた。
「…で、やっぱりそうだったのよ。わたし、びっくりしちゃったぁ!」
「すっご~い! それってゴシップじゃない?」
「そうなの。わたし、あいつとのデートより、そっちの方ばっかり気になってたわ。だってあんなダンドリ男、はじめっから本命じゃなかったし」
「でも、そんな所で森田美湖と
『森田美湖』?
どのくらい本を読んでいただろう。
『森田美湖』というフレーズが不意に耳に入ってきて、わたしは思わず活字から目を離し、声のした方を振り返った。
少し向こうのテーブルでは、今風の女の子たちが数人、ドリンクを飲みながらたむろっていて、噂話に花を咲かせている。
「ね。ね。なんの話し?」
新しい女の子がやってきて、会話に加わる。
「あ。実はわたし、この前のコンパで知り合った男と、長崎にドライブに行ったのよ。そいつはBMWに乗ってて割とお金持ちそうなんだけど、それを鼻にかけてて、クルマの中でも自慢話ばっかりでさ。
長崎で回った観光地も、『るるぶ』かなんかのお勧めコースってのがみえみえなのに、いかにも知ったかぶりでウンチクたれてて、なんかシラけるのよね~。
食事とかも、お店調べてたんだったら、前もって予約しとけっつーの。おなかすいてるのに、連れてかれた中華レストランは満席で、ず~っと待たされてさぁ。
『他の店に行こう』って言うと、いきなりうろたえちゃって。
『いちばん美味しいお店の料理を、君に食べさせたいんだよ』なんて、気取った言い訳しちゃってさ。しかも、たいして美味しくないし。
きっと、自分の立てたマニュアルを変えられると、不安になるタイプなのね~。そんな、融通が利かないくせに見栄っ張りな男とのデートなんて、疲れるばっかりで、全然盛り上がんなかったわよ」
「もう~。あんたの話しはいいからさ」
「あ、そっか」
他の子に突っ込まれ、彼女はちょっと話を区切ると、新しく加わった女の子に向かって、話しはじめた。
「それでね。グラバー園に行ったら、いたのよ。森田美湖が!」
「森田美湖って、最近テレビによく出てるモデルでしょ? この学校の子だって聞いたけど」
「そうそう!
わたしもときどき講義室や学食で見かけるけど、もうほんっと綺麗なのよ!
顔なんてすっごく小さくて、スレンダーで脚が長くって。もう羨ましすぎるわ。さすがモデルやってるだけあって、着こなしもさりげないけど洗練されてて。あれはふつうの子には、マネできないわね~」
「え~? たいしたことないよ。わたしはあまり好きじゃないな。
そんなにすごいブランド着てくるわけでもないし、カッコとかいつも地味だし、だいいち、モデルのくせにチビじゃん。それなのに、近くで見るとツンとしてて、『わたしはあなたたちとは違うのよ』って感じで、全然親近感ないし」
「まあ、それはいいから。それで? 森田美湖がグラバー園にいたって?」
「そうなの。それが、カメラマンみたいな男の人といっしょだったのよ。洋館の前で撮影してたから、わたしも思わず『フォーカス』しちゃった」
「ええっ? 見せて見せて!」
「なに? ピンぼけでよくわかんないじゃない」
「これって、なにかのロケかなぁ。でもカメラマンの人、割とカッコよさそう」
「でも、ロケとかだったら、カメラマンがひとりってことないんじゃない?」
「そうよね。ふつう、ヘアメイクさんとかいるよね?」
「でしょ? 駐車場でも見かけたのよ。ほら、クルマに乗るところ」
「小さくってよくわかんないわね~」
「『フェスティバ』かぁ」
『フェスティバ』!
その言葉にドキリとしたわたしは、思わず視線をそらし、あわててパタンと文庫本を閉じて、席を立った。
立ち上がった拍子に、溶けた氷の入ったコップを引っかけてしまい、水滴がテーブルにほとばしる。
「あ。そういえばあなた、森田美湖と仲いいんじゃなかった?」
わたしに気づいた彼女たちは、話しかけてきたけど、それを聞こえないふりして、急いでハンカチでテーブルを拭くと、カフェテリアを飛び出した。
エントランスホールを足早に横切りながら、胸の鼓動はドキンドキンと速くなり、足も震えて、まともに歩けなくなってくる。
寒気がする。
からだの芯から震える。
歯がカチカチと鳴っている。
わたしは近くのベンチに座り込み、両手でバインダーごと、からだを抱きしめた。
『みっこが『フェスティバ』に乗って、『カメラマンのような男の人』と、長崎で写真を撮っていた』
彼女たちの話から、当然のように導き出されるひとつの事実を、そして、その意味を、わたしは絶対、信じられない!
ううん…
…信じたくない。
わたしはいっさいの思考を停止して、ベンチからフラフラと立ち上がると、機械仕掛けのような足どりで、学校の外に出た。
つづく
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