Double Game 6

 このショックのおかげで、その日の小説講座の講義は、まったくの上の空だった。

講義が終わって、川島君から『紅茶貴族』に誘われたときも、なにかと理由をつけて、断わってしまった。

だって、今はコンクールで負けた悔しさとコンプレックスでいっぱいで、川島君と話をしても楽しくないに決まっている。

だけど、いっしょに帰っていると、やっぱりお茶しに寄ろうという話になって、わたしたちは地下街の適当な喫茶店に入った。


 最悪な喫茶店。

わたしはレモンティを頼んだけど、出てきた紅茶はソーサーは汚れていて、カップには市販のティーパックが入ったまんまになっている。

紅茶もぬるくて香りが抜けてて、安っぽいブレンドの味しかしない。

ウエイトレスは無愛想だし、店内の装飾も支離滅裂で野暮ったく、センスのかけらもない。


「今月の会報の小説コンクールの結果、見た?」

ぬるい紅茶をすすりながら、言おうか言うまいか悩んだ挙げ句、ようやくわたしは小説コンクールのことを、自分から話題にした。

「ああ。見たよ」

「おめでとう」

「…まさか、ぼくのが佳作に入るなんて。きっと審査員のツボにハマったんだろうな」

「はは。そうかもね」

「さつきちゃんは、残念だったな」

わたしはドキリとした。

自分で切り出したものの、今はあんまり、わたしの作品の話題には、触れてほしくない。

「今回のさつきちゃんの小説、読ませてもらっただろ」

「…ええ」

「最近のさつきちゃん、なんだかピリピリしてて、余裕がないよな」

「え?」

「小説にもそれが出てるんじゃないか?

以前みたいな『客観性』っていうか、ちょっと上から全体を眺めている視点っていうか。

そういう、登場人物の気持ちの変化を客観的に受け止める余裕が、今度の小説にはなかった気がするよ」

「…」

カップを持つ手が震えた。

どうして川島君から、そんな風に言われなきゃいけないの?

『ピリピリしてる』って、そうさせた原因は、あなたにあるんじゃない。


「もっと余裕を持って、小説書きを楽しめよ」


“カシャン”

わたしは荒々しくカップをソーサーに置いた。紅茶の雫が、あたりに飛び散る。

「なに?! わたしより成績が上になったからって、いきなりそんな批評めいたこと言うわけ?」

「そういうわけじゃないけど」

「じゃあ、どんなわけなの?」

「批評とかじゃなく、ただアドバイスしてるだけだよ」

「川島君からアドバイスとかされなくっても、わかってるわよ」

「でも、今度の作品は、なんだか無理矢理ストーリーを展開させて、話の流れと人物の感情が噛み合ってないような印象を受けたよ」

「それは川島君の、個人的な感想でしょ?」

「そうかもしれないけど…」

「わたしはわたしなりに、いろんなメッセージを伝えてみたのよ。どんな意味を込めて今回のお話し書いたのか、知りもしないくせに」

そう反論すると、川島君は少し不機嫌そうに言い返した。

「それ、審査員や読者みんなに、言ってまわるわけ?

『今回のお話しにはこんな意味を込めたから、理解して下さい』って」

その言葉は、わたしの燃え上がった炎に、さらに油を注いだ。

「なに? その上から目線!」

「だってそうだろ」

「『小説書きを楽しめ』だなんて、そんな気楽なこと言わないでよ! わたしは小説家になりたくて、必死なんだから」

「それはわかるけど…」

「写真のコンテストで金賞とって、小説コンクールでも簡単に佳作をとった川島君に、わかるわけないじゃない」

「そんな風に言うなよ。苦労なんて、人にひけらかすもんじゃないだろ」

「わたしがひけらかしてるって言いたいの?」

「違うよ。ただ、あまり必死になって力が入り過ぎると、いいものなんてできないって言いたいんだよ」

「どうせわたしには、佳作に入るような小説も書けないですよ」

「そんな、いじけるなよ」

「もういい! 帰る。ここの紅茶、まずい!」

わたしはそう言って、勢いよく席を立った。


わたしって最低。

ケンカするつもりなんてないのに、感情のコントロールができず、売り言葉に買い言葉で、つい川島君に喰ってかかってしまった。



 帰り道でも、ふたりは剣呑けんのんな雰囲気だった。

『仲直りしなくちゃ』という気持ちとはうらはらに、わたしはムスッと黙ったまま、機嫌悪そうに歩いていた。

川島君も、そんなわたしにどう対処していいかわからず、手を焼いている様子。

いつものように、川島君はわたしの家まで送ってはくれた。

だけど、お互い無言のまま電車に乗り、いつもキスをする夜の公園を通ることもなく、まっすぐわたしの家に向かうだけ。


こんな気持ちのまま、別れてしまいたくない。

気ばかり焦るけど、わたしはなにもできなかった。


「…ごめんな」

石垣の続く住宅街の角を曲がって、わたしの家の門柱の明かりが見えてきた所で、川島君がぽつりと言った。

「ぼくの言い方が悪かったよ。さつきちゃんが真剣に、小説書きに取り組んでるってのは、すごくよくわかってるさ。それに、ぼくの言葉を全部まともに受け止めるってのも」

「…川島君」

「こんな気持ちのままじゃ、あと味悪過ぎて、帰れないよ」

そう言いながら、川島君はわたしの手に指をからめ、つないでくる。なんだか、ほっとするあたたかさ。

「来週末の3日は文化祭だろ? 今年こそはさつきちゃんとたくさん回って、9月に約束したように、あの丘の上のもみの木に行こうな」

そう言いながら、川島君は明るい笑顔を作る。


川島君、気持ちの切り替えが早い。

わたしはまだ、さっきまでの会話を引きずって、うじうじと悩んでいるっていうのに。


そう言えばみっこも、こんな風に、感情のコントロールが上手だったな。

いつか、川島君の恋愛相談で不穏な空気になったときも、『ごめん』って先にあやまってくれて、場を取り繕ってくれた。

わたしって、ふたりに対して、いつも甘えてばかり。

いつでも意地を張っちゃって、自分から謝ったりできない。

こんなんじゃ、ほんとにいつか、川島君にも愛想尽かされてしまうかも。


「…わたしこそ、ごめんね」

川島君がからめている指を、ギュッと握り返しながら、つぶやいた。

「わたし、意地っ張りで… 今度の小説コンクールで川島君に負けたのが、とってもショックだったの。プライドがボロボロになっちゃった」

「わかるよ。自分の得意なもので負けるのって、ダメージくらうよな」

「ん。すごい落ち込んじゃった」

川島君は、わたしの肩を抱きながら歩く。

「ぼくだってもう何度も、カメラマンになるのを諦めかけたことがあるよ。小説書きなんて、先の長い仕事じゃないか。一度や二度のつまづきでめげてちゃ、疲れるばかりだよ。地道に書き続けていれば、きっといいことがあるさ。頑張れよ」

「…うん」

「さつきちゃんのこと、好きだよ」

「…ん」


そう言いながら、別れ際にぎゅっと、わたしを抱きしめてくれた。

やっぱり川島君、やさしい。

このやさしさは、『本物』だって思える。

彼のこの暖かさがあるから、わたしは頑張っていける気がする。

よかった。

今夜ちゃんと、仲直りができて。

つきあいはじめの頃より、今はいろいろあって、ケンカすることもあるけど、こうやって、お互い相手のことを思いやっていれば、ちゃんとうまくやっていけるわよね。

そう言えば去年、『Moulin Rouge』で、川島君は言ってたな。


『お互いが相手のことを思いやってさえいれば、ターニング・ポイントなんて、来やしないよ』

って。


わたしはその言葉を信じている。

キスのあと、わたしは小さく、「好き」とつぶやいた。


つづく

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