Double Game 5
「なんだか、昔とおんなじになっちゃった」
アリーナへ向かう舗道を歩きながら、みっこはふと、そうつぶやくと、ため息をついた。
「昔って?」
「うん…」
みっこは腕を背中にまわし、足元の落葉を見つめながら、わたしを見ずに答える。
「応援してくれる人の期待に応えるために、ひとりで気を張って、生きていた頃」
「そっか…」
「どんなにたくさんの人に囲まれていても、あの頃とおんなじように、自分を作っていなきゃいけない」
「『自分を作る』か。有名人は辛いわね」
「そんな言い方、しないで」
「ごめん。でも、なんだかみっこが、遠くなってしまったみたい」
わたしはそう言って、いっしょになってうつむいて歩く。
今、森田美湖が、モデルとして、そして川島君をめぐる、ひとりの女として、わたしの親友から少しずつ、その立場を変えていってるよう気がして、すごく寂しい想いにかられてきた。
「なに言ってるの!? あたしはすぐ隣にいるじゃない!」
みっこは顔を上げると、わたしの背中をポンとたたいて、自分を鼓舞するかのように、明るく微笑みながら言う。
「ごめんねさつき、愚痴ったりしちゃって。くよくよしてもはじまらないわね。あまり会えなくても、だから、会ったときくらい、楽しくやりましょ!」
みっこはそう言って、心のスイッチを切り替えようとする。
そうよね。
彼女の言うように、くよくよ悩んでたって、どんどん落ち込んでしまうだけよね。
「そう言えば、さつきの通っている小説講座のコンクールの発表は、もうすぐなんじゃない? 今度はどんな感じ?」
「そうね。前回はシリアスな恋愛ものを書いたから、今回は趣向を変えて、SFノリの、軽いラブコメ風にしてみたの。前のよりはテンポもよくて、面白いんじゃないかなって思ってる」
「ふうん。で、手応えは?」
「今までずっと、最終選考どまりだったから、今回はそれより上が目標なの」
「そうか。川島君はこの前、写真コンテストで金賞とったし、星川センセの所で頑張ったでしょ。次はさつきの番よね」
「そうね」
「だけど川島君、すごいわよね。センセも、『川島君は熱心で、センスも抜群だ』って褒めてたわよ。ただのバイトだったのに、けっこう重要な撮影とか任されたりして、星川先生、川島君をかなり買ってるみたい。このまま頑張れば、川島君、いいカメラマンになるだろな」
みっこの口から、川島君を褒める言葉を聞くのって、なんだか複雑。
星川先生もだけど、みっこだって川島君のことを、ずいぶん評価しているみたいだし。
川島君へ好意を持っているみっこと、自分の夢を確実に実現していく川島君に、微妙な感情を覚えながら、言葉に力を込めて言った。
「写真ならともかく、小説じゃわたし、川島君には絶対負けないんだから」
「へぇ。さつきってけっこう、勝ち気なとこがあるのね」
みっこはそう言って、わたしをからかう。
「…みっこにだって、負けないわ」
「あたし? 大丈夫よ。あたしには文才なんてないし、逆立ちしてもさつきに勝てっこないわ」
「そうじゃなくて…」
「じゃ、なんなの?」
「…」
『川島君を絶対、みっこには渡さない』
そんなことを言いたかったけど、それはあまりにバカで、挑戦的な言葉だと思って、口にするのをぐっとこらえる。
みっこはそんなわたしを訝しげに見ていたが、ふと、視線をそらして、ぽつりとつぶやいた。
「…さつき」
「なに?」
「あたしたち…」
「?」
「…ずっと、友だちでいようね」
そう言って、みっこは寂しげにわたしを見つめて、繕うように微笑んだ。
そのときの、憂いに満ちた彼女の瞳を、わたしはずっと忘れられない。
翌日。金曜の夜は、九州文化センターでの、小説講座の日。
今日の講座では、前回の小説コンクールの発表がある。
わたしはだれよりも早く文化センターに着き、連絡箱に入っている新しい会報に、今回の小説コンクールの結果が載っているのを見て、金賞から順に、目を通した。
『金 賞 該当者なし
銀 賞 該当者なし
銅 賞 該当者なし
佳 作 高木 真弓
川島 祐二
鹿野いつみ
最終選考に残った人 … 』
真っ先に佳作のなかの『川島祐二』の名前が、わたしの目に飛び込んできた。
だけど、わたしの名前は、佳作はおろか、最終選考にさえ、載っていない。
『わたし、落ちてる… 川島君にも、抜かれた!』
…信じられない。
今度の作品は、前のより、よく書けたつもりだったのに…
川島君のより、よっぽどおもしろいって、思ってたのに…
今まで最終選考にはずっと残っていたから、落ちるわけないって、思っていたのに…
どうして川島君ばかり、夢がかなうの?
どうして川島君ばっかり、自分がやりたい道を、すんなり歩いていくことができるの?
信じられない!
つづく
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