Summer Vacation 11
駅から10分ほど歩いたところに、川島君が住んでいる小さなアパートがあった。
学生コーポって感じの、どこにでもあるような、外に階段のついた二階建ての白い建物。
川島君はわたしより先に階段を登ると、玄関のドアを開けながら言う。
「さつきちゃん、ちょっとここで待ってて」
「え?」
「今、部屋の中、すっごい散らかってるんだよ。最近は仕事が忙しくて片づける暇もなくて。まさか今夜、さつきちゃんが来るなんて思わなかったから、大急ぎで片づけるよ」
「わたしも手伝うわよ」
「いいよいいよ。仕事の写真とか、機材とか、人に触られたくないものもあるし、すぐに終わるから」
そう言いながら川島君は部屋に入り、わたしの鼻先でバタンとドアを閉じた。部屋の中からはドタンバタンと、慌てて片づけをしているような音が響いてくる。
そりゃ、男の人のひとり暮らしって、雑然としてるものかもしれないけど、わたしにも部屋を見せられないなんて…
いったい川島君は、なにを隠そうとしているの?
まさか、女ものの下着とか、歯ブラシとか化粧品とか…
悪い方にばかり、考えがいってしまう。
「お待たせ。どうぞ」
しばらく経って、川島君は息を弾ませながらドアを開けた。額や背中には、うっすらと汗が滲んでいる。
部屋に入ると無意識に、わたしはチェックするようにあたりを見渡した。
ほとんど家具のない1DKのこじんまりとした部屋は、いかにも『目障りなものは全部、押し入れに突っ込みました』って感じで、不自然に綺麗で、生活感がない。
「ふうん。川島君、こんなところに住んでるのね」
簡単なベッドと机のある部屋に通されたわたしは、ひとりごとのようにそう言って、川島君が出した座布団に座るなり、口をとがらせた。
「川島君、わたしに見せられないものでもあるの?」
「そういうわけじゃないけど…」
「じゃあ、部屋を片づける前に、わたしを入れてくれてもいいじゃない。なんか、ショックだった」
「…いや。やっぱり見せられないな」
「え?」
「ダメなんだよ」
その言葉に、ドキリとする。
『ダメ』って…
川島君はなにを言いたいんだろう?
まさか、『わたしとはもうダメ』なんて言うんじゃ…
「ぼくのズボラさは、さつきちゃんには絶対見せちゃダメなんだ。そんなのを見られたら、さつきちゃんに愛想尽かされそうだから」
川島君はそう言って、麦茶の入ったコップをふたつ持ってきて、わたしに差し出し、微笑む。
川島君。
この微笑みは、昔のまんま。
「ゴメンな」
「な、なにが?」
真剣な眼差しでわたしを見つめ、川島君はやさしく言う。
「いろいろ。ぼくのわがままで、さつきちゃんのこと、放ったらかしちまって」
「………淋しかった」
そんなやさしい言葉を聞くと、
ここ数日のもやもやした想いが、とめどなくわき上がってきて、胸が詰まりそう。
うつむいた拍子に、涙の雫がポトポトとこぼれて、カーペットの床に染みを作る。
「さつきちゃん?」
「ごめんね川島君。わたし、不安で不安で…」
「………」
川島君はわたしを見つめ、ため息のような、声にならない言葉を発すると、わたしのからだをきつく抱きしめた。
「あ…」
わたしは驚いて小さく声を上げたけど、拒まなかった。
川島君はわたしの頬を両方の手のひらで包み、親指で涙を拭うと、そっと唇を近づける。わたしは反射的に瞳を閉じた。
一ヶ月ぶりに触れる、川島君のぬくもり。
川島君の素肌。
なんだか嬉しくて、懐かしい。
気持ちが昂ってくる。
「川島… くん」
思わず彼の名を呼んでみる。
わたし、やっぱりこの人が、好き。
どんなにブランクが空いたって、この一瞬でみんな埋められる。
みんな取り戻せる!
そんな気がして、わたしは彼の背中に腕を回し、ぎゅっと力を込めた。
「さつきちゃん」
「もっと、キスして」
そう言い終わらないうちに、わたしの方から唇を重ねる。
川島君も、今まで溜まっていた想いを、全部わたしにぶつけるように、息もできないくらい強くわたしを抱きしめ、そのままベッドに倒れ込む。
その夜は、久し振りに感じた川島君の肌のぬくもりが、とっても愛おしくて、遅くまで愛しあった。
つづく
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