Summer Vacation 12

 東京での最後の朝。

川島君はまだベッドのなかで、はだかでまどろんでいる。

今日はいつものように、新宿の星川先生のスタジオで仕事らしい。

わたしもとなりではだかで眠っていたけど、朝の支度をしてあげようと思い、先に起きてショーツとキャミソールを着てエプロンを羽織り、冷蔵庫のなかを覗く。コンビニかスーパーで買った材料があったので、それを使って、手早く朝食を作った。


「さつきちゃん、もう起きてたのか?」

「あ。川島君、おはよう。今起こそうと思ってたのよ。もうすぐごはんができるから。冷蔵庫のなかのもの、勝手に使っちゃった」

「え? いいよ。嬉しいな」

そう言って川島君はベッドから起き出し、レンジの前でフライパンを持っているわたしを、うしろから抱きしめた。

「下着にエプロン姿って、さつきちゃん、すごくエロい」

「もう。川島君のエッチ」

「はは」

そう言いながら、彼はエプロンの上から、わたしの胸をもてあそぶ。

「あん… 料理ができないじゃない」

「そんなのはいいよ」

「遅れるわよ」

「大丈夫」

フライパンの火を止めた川島君は、背中越しにキスをして、そのままうなじに唇を這わせる。


もうっ。朝から元気なんだから。

でも、こういうのって、なんだかいいな。

好きな人と迎える朝って、幸せ。

昨夜は充分に愛されていたのもあって、わたしの心もからだも、上機嫌だった。


 結局、そのまま朝エッチをしてしまい、やっぱり時間がなくなって、ごはんを大急ぎで食べて、川島君はあたふたと出勤の準備をする。わたしもいっしょに出られるよう、急いで支度を整えた。


「もう、川島君。 全然大丈夫じゃないじゃない」

「ごめんな、最後の朝だってのに、バタバタで」

「ううん、いいの。気持ちよかったし」

「さつきちゃんは午後の新幹線で帰るんだろ? 見送りに行けなくてごめんな」

「大丈夫。みっこが来てくれるし。川島君もお仕事頑張ってね」

「ああ」

「今度東京に来たときには、ディズニーランドとか行きたいな。今回は行けなかったから」

「ディズニーランドか。あ… ちょっと待ってて」

川島君はそう言って、思い出したように机の引き出しから、リボンのかかった小さな箱を取り出し、わたしに差し出した。

「誕生日おめでとう。渡すの忘れてて遅くなっちゃったけど、これ、プレゼント」

「え? ありがとう!」

「さ。もう行かなきゃ」

「あん。ちょっとだけ見ていい?」

「ん… いいけど、あまり時間がないよ」

「ちょっとだけ」

そう言いながら、わたしはプレゼントの包装を解いた。

なかから出てきたのは…

ミッキーマウスの万年筆。


「…」

「可愛かったから、思わず買ってしまったんだ」

「…」

「やっぱり小説家には、万年筆が似合うよな。どうかな?」

無邪気に微笑みながら、川島君は訊いてくる。

だけど…


「川島君。これ… もしかして、ディズニーランドで買ったとか?」

「あ? ああ」

「ひとりで行ったんじゃ、ないんでしょ?」

「え? あっ。こっちの友だちと行ったんだよ」

「…」

「ご、ごめん。さつきちゃんがディズニーランドに行きたいってわかっていれば、信州じゃなく、そっちにしたし、友だちとも行かなかったんだけど… ほんとにごめん!」

わたしの顔色が変わったのを見て、川島君は素早くフォローに出たけど、そんな彼の言い訳は、全然耳に入ってこなかった。


わたしが思ったことは、たったひとつ。


『みっこが行ったディズニーランドに、川島君も行っている』


その事実だけだった。


「さつきちゃん。怒ったのか?」

「…」

「ごめんな。今度東京に来たときは、絶対行こうな」

「…」

「さつきちゃん?」

「もういい!」


こんな会話は、さっさと打ち切りたい。

考えたくもない。

だけど、この小さな事件は、わたしの心のなかに、大きなシコリになって、残りそう。


ディズニーランドへは、川島君と行きたいと思っていたから、私より先に他の人と行かれたのは、すごくイヤ。

例え、その『友だち』とやらが、男の人だったとしても、だ。

それにディズニーランドって、ふつう、男の人同士で行くような所じゃないから、その『友だち』ってのは、女の人なんじゃないの?

そして、もし、わたしの直感どおり、その『友だち』が、森田美湖だったとしたら…



 長かったサマー・バケイションの最後の最後。

東京駅のプラットホームでみっこが見送るなか、わたしはとっても大きな、ほんとうに厄介な、終わらない宿題を、心のなかにしまい込んで、東京の街をあとにした。


END


10th Jul. 2011. 初稿

6th Jan.2018 改稿

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