Summer Vacation 6

「みっこは東京に戻ってきて、藤村さんに会ったの?」

突然、藤村さんの名前を出したわたしを、怪訝そうに見つめて、みっこは答えた。

「文哉さん? 会ったわよ」

「それで?」

「それでって…」

「いや… どんな風に会ったのかなって…」

「どんなって。ふつうに仕事で会ったわよ」

「そっか」

「…さつき。なにが言いたいの?」

「ううん。別に…」


みっこは相変わらず、彼女が『好きになった人』の話題を、口にする気配がない。

確かに藤村さんとの恋愛は、いわゆる『不倫』で、それは堂々と人に言えることじゃないだろうけど、せめてわたしにくらいは、話してくれてもよさそうなもの。

もちろん、わたしじゃなんの力にもなれないけど、話くらいは聞いてあげられるし、人に話すことでみっこの気持ちが少しは楽になるのなら、わたしに打ち明けてほしい。

だけど、わたしの方からあんまり追求してしまうと、モルディブでわたしが、彼女と藤村さんの密会を見たことが、みっこにバレてしまうかもしれない。そう思って口をつぐみ、わたしは他の話題を探した。


「そういえばみっこ。東京で川島君と会った?」

さりげなく切り出したつもりの話題も,やっぱりわたしが今、いちばん気になっていることだった。


みっこと川島君を見送ってからの一ヶ月間、わたしの頭の中で、ふたりは何度も会い、デートをし、ときにはキスや、それ以上のことさえすることがあった。

それがわたしの、ただの『妄想』だとは、わかっている。

わかってはいるんだけど、妄想と現実との区別が曖昧になって気持ちは乱され、みっこや川島君に対して、不信感を抱いてしまうようになっていた。


わたしの言葉にみっこは、『意外』というように、一瞬瞳をかすかに見開いて、答えた。

「川島君? 会ったわよ」

「仕事で?」

「もちろんよ。星川センセのところで、3回くらい撮影したから、そのとき」

「それで… どうなの?」

「どうって… 川島君、相変わらずキビキビと動き回っていたわよ」

「そう…」

「ふふ。センセ、川島君には、厳しく怒ってたわ」

「えっ? 川島君、怒られてるの? なにかヘマしたの?」

「逆よ。川島君、すごく期待されてるみたい」

「どういうこと?」

「星川センセはね、みどころがあると思った人には、とっても細かく注意して、厳しいのよ。『鉄は熱いうちに打て』が、センセのポリシーだもの」

「へぇ~。あんなやさしそうで、いつもニコニコしてる先生が? なんか信じられない」

「星川センセって、物腰はすっごく柔らかいけど、ほんとは硬派なのよ。でも川島君もそれに耐えて、よく頑張ってるわ。尊敬しちゃう」

「尊敬、か…」

「いいわねさつき。あんな人が彼氏で」

そう言いながら、みっこはニッコリ微笑んだ。

川島君のことを、みっこがそんな風に言ってくれるのは嬉しいけど、わたしは心のどこかで、別のことを考えていた。

去年、川島君との恋をみっこに相談していたとき、彼女は『友だちでいたいのなら、あなたの気持ちは完璧に隠しておいた方がいい。その上で、チャンスを待つこと』なんて、アドバイスしてくれた。

それがみっこの、恋愛のポリシー。

そして今、彼女は川島君への恋心を完璧に隠して、『ただの友だち』として振る舞っているともとれる。

その上でみっこは、川島君と親しくなるチャンスを伺っているのだとしたら…


う~ん…

なんだか妄想がひどくなってるなぁ。

みっこに会えて、安心できたというのに…

最近のわたしたちの友情は、川島君が関わると、ギクシャクしてしまうみたい。


ううん、そうじゃない。

春に三人で由布院にバカンスに行って以来、わたしがみっこに対して、川島君のことでコンプレックスを抱くようになってしまったからなんだ。


そりゃみっこには、出会ったときから漠然とコンプレックス持っていたけど、川島君とつきあいはじめて、それが明確になってきた気がする。

川島君はわたしのことを、『いちばん好き』って言ってくれるし、みっこも川島君のことは、ふつうに喋っている。なにも不安に思うことはないはずなのに、やっぱりわたしのコンプレックスは、拭いきれない。

直接ふたりに訊けばいいんだろうけど、答えが怖くて、できない。

なんだか落ち込むなぁ…


「そう。さつきに渡したいものがあるの」

わたしの不安を振り払ってくれるかのように、みっこは微笑んで立ち上がると、机の引き出しから、リボンのかかった小さな箱を出してきて、わたしに差し出した。

「遅くなっちゃったけど、Happy Birthday!」

「えっ? あ、ありがと」

「こないだディズニーランドに行ったの。そのときに買ったのよ」

「へぇ! 開けていい?」

「どうぞ」

小箱から出てきたのは、ミッキーマウスの腕時計。

だけど、みんながイメージする、あの派手な赤い色のキャラクターの時計じゃなく、渋い銀色の文字盤にミッキーの顔が彫っている、クラシカルなデザインだった。

これなら子供っぽくもないし、お洒落な服や、それこそ去年、みっこがプレゼントしてくれたワンピースなんかにも、さりげなく合いそう。

「ふふ。実はあたしとペアなのよ」

そう言いながら、みっこはジュエルケースから同じ時計を出して、わたしに見せ、ニッコリと微笑んだ。


たまらないなぁ…


わたしがみっこと川島君のことを疑心暗鬼して、悩んでいるときに、みっこはわたしの誕生日を覚えてくれていて、こうしてプレゼントを買ってくれている。

みっこはいつも、わたしのことを気にかけてくれてるってのに、そんな彼女を疑うなんて、なんだか申し訳ない。

やっぱりわたし、みっこが好き。

どんなことがあっても、この友情は大切にしていきたいって、心から思う。


つづく

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