Summer Vacation 5

「さあ、お待たせしました、さつきさん。おなかすいたでしょう?」

みっこママはそう言いながら、大きなお皿をミトンで掴んで、ダイニングルームに運んできた。

「わぁ、キッシュですね。わたし大好物です!」

テーブルに置かれた、ほうれん草とベーコンの美味しそうなキッシュを見て、わたしは思わず興奮して言ってしまった。みっこママは嬉しそうに微笑む。

「あと、ガスパチョも作ってみたわ。みっこ。キッチンにサラダがあるから、運んでちょうだい」

「あ。わたしも運びましょうか?」

「いいのよ。さつきはお客さんなんだから、そこに座ってて」

みっこはそう言って、キッチンからサラダを持ってくる。みっこママは、キッシュを取り分けながら、ひとりごとのように言う。

「そうですよ。こんなときでないと、みっこは手伝ってくれないんだから。弥生さん、みっこはそちらではなに食べてます? インスタントやファーストフードばかりじゃないでしょうね?」

「さつきがうちに遊びにきたときは、なにか作ってくれるわ。さつきって、料理がとっても上手なんだから」

「もうっ、この子はみっともない。ごめんなさい、弥生さん。こんななんにもできない子で」

「あ~っ。ママそれはひどいんじゃない? あたしだって福岡でひとり暮らしするようになって、少しは家事も覚えたんだから」

「ははは。そう言うママだって、新婚の頃は家事が苦手だったじゃないか。だからわたしが料理を作ってやっていたんだよ。ママもなんにもできなかったから」

みっこパパが助け舟を出す。ママは真っ赤になって、恥ずかしそうに頬に手を当てた。

「いやですわパパ。そんな昔のこと、人にバラさないで下さいよ」




「どうだった? あたしのパパとママ」

「うん。とっても素敵な人たち。ほんとに仲いいのね」

「でしょ。自慢の両親よ」

「あは。それって、なんだか逆ね」

「ママもね。あたしがモデルの仕事を再開したら、福岡に住むことを許してくれるようになったの。相変わらずお小言は多いけどね。パパからの仕送りのことは、やっぱりバレちゃってたけど、それももう公認って感じになって、これからは平和な大学生活が送れそう」

「よかったじゃない。やっぱり家庭内でゴタゴタしてたら、仕事にも勉強にも、身が入らないもんね」

「まあ、東京と福岡の掛け持ちで、忙しくなるでしょうけどね」


 食事が終わって、デザートにしっかり『福砂屋』のカステラを、紅茶といっしょに頂いたあと、わたしたちは、二階のみっこの部屋でくつろいだ。

彼女の部屋は、いろんなものを福岡に持っていっているせいか、どことなく殺風景で、本棚とローボードには、隙間が目立っている。

みっこは綿のキャミソールにショートパンツのラフな格好で、ベッドの上で大きなクッションにもたれかかり、綺麗な脚をゆったりと伸ばしている。わたしもそのとなりに、腰をおろして話す。みっこのベッドはスプリングがしなやかで、ふかふかな感触がとってもいい気持ち。

楽しいひとときと、これでようやくみっこに会えて、明日には川島君と会う予定もできたおかげか、わたしの不安も、今は少し落ち着いていた。


「みっこは夏休みの間、どんな仕事したの?」

「そうね… アルディアの仕事以外は、単発もののテレビCF(コマーシャルフィルム)を2本撮って、その関連でスチール撮ったり。あと、ファッションショーにも出たわ」

「すごい! どんなショーなの?」

「ダンスでファッションを見せる感じで、あまり身長要求されなかったから、あたしでもよかったみたい」

「なに言ってるの。ダンスもショーもできるみっこに、ぴったりじゃない」

「ふふ。でもそういうイベントって、ライブ感があって、ドキドキして楽しかったわ。あとは、カタログの仕事とか、雑誌の撮影とか。あ、ポラとか写真とか貰ったけど、見る?」

「見る見る!」

みっこは本棚からアルバムを引っ張り出して、ページをめくる。冬物のお洒落な衣装を纏ったみっこや、ステージ上で服を揺らしながらダンスしているみっこの写真が、何枚も貼っていた。

「この猛暑の中で秋冬物の撮影だなんて。ほとんど拷問よね~。しかも汗かいちゃいけないでしょ。前日から水分控えて、干からびるかと思った。もう大変だったわよ」

「わぁ~。それって鬼のような仕事ね。でも可愛い~っ! 真夏に撮ったなんて、全然わかんない」

「そこはプロの意地かな」

「そういえば、アルディア化粧品の夏のCMが、今よく流れてるわね。モルディブで撮ったあのときのものが、こうやってテレビで見れるって、なんか感動しちゃった」

「アルディアは、来春までキャンペーンガールとして契約してるから、CFもまだ何本か撮るし、関連イベントとかにも狩り出されて、けっこう忙しいのよ」

「そうなんだ」

「でもあたし、アルディア以外の仕事もしたい」

「どうして?」

「あたし、小さいときに、ママといっしょにアルディアのコマーシャルに出てたの。それでアルディアの人には可愛がってもらえて、オーディションに受かったとはいっても、今回のお仕事は、その縁で頂いたような気がするのよ。でも、それって親の七光りみたいで、あたしのモデルとしての、ほんとの力じゃないような気がして」

「でもみっこは、他にもいろんな仕事してるじゃない。それに星川先生も藤村さんも、みっこのことは『最高のモデルだ』って、褒めてたわよ」

「…ん」

みっこはクッションを両手で抱え込んで、言おうか言うまいか、迷っている風だったが、おもむろに口を開いた。

「実は… 『女優やらないか』って、誘いがあるの」

「女優?」

「ん」

「すごいじゃない! やったらいいじゃない! みっこをドラマとか映画で見れるなんて、すっごい感激しちゃう!」

「…」

興奮するわたしをよそに、みっこは浮かない顔で頬杖つくと、視線を窓の外の夜景に移した。住宅街とビルの隙間から、都心の高層ビルのイリュミネーションが、蜃気楼のように揺らめき、瞬いている。

「女優って、そんなに悩まないといけないような仕事なの?」

わたしは迷っているみっこに訊いた。

「ありがたいお話しなんだけど… 今のモデルの仕事を、納得いくまでやってからでないと」

「でも、女優をしながらでも、モデルはできるんでしょ?」

「そうだけど… まだあたしには、女優をやれるほどの演技力はないと思うし…」

そう言って、みっこは続けた。

「それに、今はいろんなこと考えてて、まだ決心がつかないの」

「いろんなことって?」

わたしは反射的に、彼女の恋愛を思い浮かべてしまった。

それってやっぱり、藤村さんのこと?


つづく

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