Summer Vacation 7

「ありがとうみっこ。大事にするね」

「それにね、サプライズもあるのよ」

「サプライズ?」

「そのときまで、ないしょ」

「え~っ? そんな、気になるじゃない」

「…なんてね。実はね、明後日あさってからみんなで、『信州の方に泊まりに行こう』って言ってるの」

「信州?」

「2泊3日で」

「みんなって…」

「さつきとあたしと、藤村さんに川島君」

「え? 川島君、そんなのひとことも言ってなかった」

「だから、みんなからのサプライズなんだって。さつきのバースディ・トリップってわけ」

「ええっ!?」

「文哉さんに、『さつきが来る』って言ったら、『さつきちゃんのお誕生日祝い』って計画してくれてね。川島君も乗り気だし、星川センセも特別に、川島君に休みくれるんだって。もちろん、さつきの旅行代は、文哉さん持ち」

「え? そんな…」

「さつき、なにか予定あった?」

「そんことないけど、なんだか悪いなって…」

「いいのよ。みんなからの気持ちなんだから」

「うん… 嬉しい」

嬉しいのと恥ずかしいので、頬が赤くなってしまう。

こういうサプライズって、なんだか感激。

みんな、わたしのことを考えてくれてたなんて…


だけど…


『川島君も乗り気』ってことは、みっこは川島君と、そういう話をしたってことよね?

仕事中にそんな話ができるはずないし、じゃあ、いつどこで、そんな話をしたの?

そりゃ、仕事が終わって、みんなと雑談しているついでに、話せることかもしれないけど…


「出発は明後日。9時半に新宿西口に集合よ」

わたしの小さな疑惑にはお構いなしに、みっこは明るく言って、ニッコリ微笑んだ。



 次の日の川島君とのデートは、とっても短いものだった。

翌日から旅行で仕事を休むということもあって、残った仕事を今日中に片付けないといけないらしく、川島君に会えたのは、もう夜の9時を回った頃。

わたしたちは星川先生の事務所のある新宿で待ち合わせ、近くのファミレスで慌ただしく食事をすませただけで、久し振りの再会の感動に浸る暇もなく、川島君はわたしを、みっこの家の前まで送ってくれた。

ほんとはみっこの言うように、川島君の家に泊まりたかったんだけど、明日からの旅行の準備もあることだし、まだいっしょにいたいのをグッと我慢して、みっこの家の前で軽くキスをして、川島君におやすみを言った。




 その翌日、わたしとみっこが、川島君と藤村さんと新宿西口で落ちあったのは、朝の通勤ラッシュがようやく終わった、9時半くらいだった。


「おはよう、川島君」

「おはよう。みっこ」

「やあおはよう。二十歳の誕生日おめでとう、さつきちゃん」

「藤村さん、ありがとうございます」


そんな風に、朝の挨拶を終えたあと、わたしたちは新宿駅のホームへ移動した。

藤村さんの計画では、新宿10時発の特急『あずさ』9号で上諏訪まで行き、そこでレンタカーを借りて、霧ヶ峰から美ヶ原高原をドライブ。その日は白馬のオーベルジュに泊まって、次の日は上高地に移動。上高地のホテルに宿泊して、一日のんびりと過ごしたあと、松本を通って帰ってくるというものだった。

予定としては少なめだったけど、『避暑地のバカンスは、スケジュールを詰め込むのは野暮』なんて、みっこが例の調子で言うので、こういうまったりしたスケジュールになった。


新宿を定時に出発した『あずさ9号』は、中央本線を快調に西へ走る。

「わぁ~。富士山って、静岡側から見るのと山梨側から見るのじゃ、全然感じが違うのね」

『あずさ』の車窓を流れる富士山に目をやり、わたしはお茶を飲みながら言った。

「ほんと。高いだけで割と普通の山だな。そう言えば、どんな絵でも写真でも、富士山って海側から見たものしかないような気がする」

となりに座っている川島君も、窓に身を乗り出しながら、相づちを打つ。

「花びらが散ったあとの桜とか、山梨側の富士山とか、綺麗なものや有名なものでも、見せたくはない側面があるものだよ」

「あら、文哉さん。それって山梨の人に失礼よ。どこから見ても富士山は富士山でしょ。それに『花びらが散ったあとの桜』だなんて、昔のフォークソングの歌詞のもじり?」

「相変わらずつっこみが厳しいなぁ、みっこちゃんは。フォークはぼくの青春だったからね。『かぐや姫』や『風』の音楽は、人生の悲哀に寄り添ってくれた、空気みたいなものだったよ」

「さすが、おじさんの蘊蓄うんちくは、奥が深いわね」

「みっこちゃんの毒舌も、根が深いよ」

「ふふ。でもあたしも、その頃のフォークソングって、好きよ。なんだか切なくて、ほのぼのしてて」

「みっこちゃんみたいな若い女の子でも、そう感じてくれるなんて、嬉しいなぁ」

藤村さんとみっこは、そんなやりとりをしながら、笑いあっている。その光景は、モルディブのときそのまま。

だけど、わたしの前に並んで座るふたりを見ていると、今は『歳の離れた兄妹』とか『親子』じゃなくて、なんとなく『恋人同士』に見えたりするのは、やっぱりあんな光景を目にしてしまったからかなぁ。

今度のプチバカンスにしても、『わたしの誕生日のサプライズ企画』ってのはただの口実で、ほんとの目的は、『みっこと藤村さんがいっしょに行きたかった』からなんて、勘ぐってしまう。

今回の旅行でも、モルティブみたいなことが起こるのかしら?


やだ。

わたしったら、また、さっきからつまんない妄想ばかりしてる。

この旅行はみんなからの好意なんだもの。

楽しまなくちゃね。


つづく

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