Audition 2
食事が終わって、わたしたち三人はバスでみっこのマンションへ向かった。チェーンを巻いたバスは、ガラガラとうるさいし、小刻みな振動で乗り心地も悪い。
それでも車内でずっと、ナオミはわたしにいろいろ聞かせてくれた。
週に2回、街なかのモデルスクールに通っていることや、そこでのレッスンの様子。モデル事務所でのみっこの噂や、彼女が受けるオーディションのことなど。
「それでね。今度のオーディションは絶対受かりたいわけ。そうすればテレビにも出れるもん」
「それでみっこに、モデルのレッスンしてもらってるってわけ?」
「そうなの。みこちゃんみたいな一流のモデルに教われば、すぐにオファーが来るようになるわよ。
みこちゃんってすごいのよ~。3歳からモデルやってて、うちの事務所じゃいちばん実力あって、ポージングもムービングも、いちばんセンスがいいんだって。あ~あ。あたしも早く、すごいモデルになりたいなぁ~」
「でもみっこ、ナオミに教えたりしてていいの? ナオミのこと『素質も才能もある』って言ってたじゃない。手ごわいライバル育ててるようなものじゃない?」
「ふふ。ライバルって言っても、あたしとナオミじゃキャラが正反対だから。あたしは『スレンダーで清楚なお嬢様』系だしね」
「なによぉ~。あたしは『デブで淫乱ビッチ』系って言いたいの~? みこちゃん意地悪い~」
「わたしも、みっこは『生意気でわがままな小娘』系って思ってた」
「もう。ふたりとも言ってくれるわね~。ただのギャグなのに。
そういえば、ナオミにはもうお仕事の話、来てるらしいわよ。男性誌のグラビア撮影と、モーターショーのコンパニオン。宣材写真持って行ったら、すぐに喰いついてきたって、社長が話してたわ」
「すごいじゃない、ナオミ」
「まあ、ナオミのスタイルなら、男は釘づけよね」
「ん~… 『ペントハウス』とか『プレイボーイ』なら出てもいいけどぉ。その辺の三流雑誌じゃ、なんだかなぁ…」
「ナオミ、言ってくれるじゃない」
「やっぱり『ヴォーグ』の表紙を飾るようなモデルになりたいもん」
「まあ、夢はでっかくで。いいんじゃない?」
みっこのマンションに着いた頃には、もう1時を回っていた。
今日のスタジオは、どこかのダンサークルの練習とバッティングしたみたいで、ママさんらしい女性が5・6人、レオタード姿でダンスのレッスンをしていて、少しばかり賑やかだった。
その反対側のコーナーで、みっこは早速ナオミをレオタードに着替えさせ、ストレッチや基礎トレーニングを、充分すぎるほど時間をかけてやらせる。
みっこ自身もレッスン着に着替え、ナオミと並んでエクササイズをやっていた。
「じゃ、立ち方の基本の復習から」
みっこはそう言うと、ナオミのおなかに軽く手を当てる。
「頭は上から吊るされている感じで、首筋を伸ばして。胸はそりすぎちゃダメ! ほら、もっとおなかに力入れて!」
そう言いながらみっこは、おなかをぐいと押さえつけた。
「ぐ…」
「そのまま歩いてみて。違う! 脚は腰からついてる感じで。
頭は前に突っ込まない! ロボットじゃないんだから、そんなにカクカク歩かないの! 上下動、大き過ぎる! お尻を振らない!」
「み、みこちゃん、ステージに立つわけじゃないんだから、こんなのテキトーでいいじゃない」
「なに言ってるの! どんなジャンルのモデルだって、姿勢の美しさは絶対条件なのよ。ナオミは『ヴォーグ』の表紙を飾りたいんでしょ?!」
そう言ってみっこは立ち方から歩き方、ポーズのとり方まで、繰り返し繰り返し、それこそ手取り足取り教えていく。そのレッスンは確かに、ナオミの言うように厳しいものだったけど、とっても熱心で、力がこもっていた。
そうやって教えているみっこを見ていると、『この子は本当に、モデルを愛しているんだなぁ』って思えてくる。
それにナオミも、以前、学園祭の前に、みっこにバインダーを頭に乗せられて歩かされたときに較べると、ずいぶん仕草が綺麗になったというか、洗練されてきた気もする。
スタイルにしても、胸が小さくなった以上に、二の腕とかおなか回りがすっきりしてきて、太ももからお尻にかけてのセルライトも目立たなくなり、全体的に一皮向けて、ハリウッド体型にも磨きがかかってきたみたい。
ジャズダンスのママさんたちも、みっことナオミのレッスン内容に興味があるらしく、時々みんなでふたりを見つめては、ひそひそと何かを話しあっていた。
「熱心に教えるのね?」
ひたすらスタジオの中を往復するナオミを、腕を組んで真剣に見つめているみっこに、わたしは話しかけた。
「ナオミって教え甲斐あるから、楽しくって」
「へえ。そうなの? でもみっこはナオミのこと、羨んでいたんだと思ってたけど」
「そりゃ、とっても羨ましいし、妬ましいわよ。あの身長にプロポーションは、あたしには絶対に手に入れられないものだもん」
「は、はっきり言うのね」
「ふふ。だから諦めもつくのよ。あたしはあたしのいいところを伸ばせばいいし。それにナオミは、あれでいて頑張り屋さんだもん。あたしも応援したくなっちゃうじゃない」
「確かに、ミーハーなようでいて、ナオミってけっこうガッツあるわよね」
「人を教えるって、自分のトレーニングにもなるしね。こうやって繰り返し繰り返しレッスンして、余計な贅肉をどんどん削り落としてやって、洗練させてやるのって、新鮮でおもしろいわ。それこそ、『ヴォーグ』の表紙が飾れるようなモデルにナオミを育てるのが、あたしの今の夢かなぁ。
『教えるって教えられること』なんてよく言われるけど、そのとおりなのね」
そう言ってみっこはなにかを思い出すように、くすっと笑う。
「こうしてるとなんとなく、わかる気もする」
「なにが?」
「ママの気持ち」
「みっこも、モデルのお母さんから、レッスン受けてたのよね」
「小さい頃は毎日習ってたわよ。というより、日常のすべてがお稽古だったかなぁ。
歩くときも食事のときも、リビングでくつろいでるときでさえ、立ち居振る舞いをチェックされていて、ママの前じゃ気が抜けなかった。
間食にもうるさくて、ケーキとか滅多に食べさせてもらえなかったし、日焼けは厳禁だから、外で遊ぶのさえ制限されてたわ」
「え~。そんなに厳しかったの?」
「ええ。プロポーションチェックとかもしょっちゅうで、少しでも体型が緩んできたら、トレーニング量がいきなり増えて、ダイエットさせられるし。それとは別に、ダンスとピアノのお稽古にも通ってたでしょ。ほんと、遊ぶ時間なんてなかったわね~」
「みっこはそれで、お母さんに反抗してたんだ」
「そうね。確かに嫌いだったわ。ママのそういうところ。
でもね。こうやってナオミにお稽古つけてて、少しわかったの。
ママはママで、あたしのこと考えてくれて、一生懸命育ててくれたんだろうな、って。
たくさんの大切なものを、あたしに教えたかったんだろうなって」
みっこはそう言いながら、なにかを懐かしむように、微かに笑みを漏らした。
そうか。
みっこと彼女のお母さんとの確執は、みっこがこうやってだれかを育てることで、少しづつ解けていくのかもしれない。
まるで、子育てが親をも育てるように…
「さ。あたしも一年くらいレッスンサボってたから、ナオミといっしょに頑張らなきゃね」
そう言ってみっこは勢いよく背伸びをすると、ナオミとのレッスンに戻っていった。
つづく
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