Vol.11 Audition

Audition 1


 ゆうべから降りだした雪は一晩中やまず、今朝の西蘭女子大学のキャンパスは、ウエディングドレスのベールを被せたように、一面真っ白な雪景色になった。

午前の授業を受けている間にようやく雪はやみ、太陽が雲の隙間から顔を出しはじめる。中庭に積もった雪の粒がシャーベットみたいになって、キラキラと反射するのがとっても綺麗。

そんなキャンパスを、わたしとみっこは学生食堂の窓辺から眺めていた。


スチームのよくきいた昼休みの食堂は、いつもより人が少なく、雪に照り返された光が、曇ったガラス越しにまぶしいくらいに差し込んで、部屋全体が白くかすんで見える。

曇りガラスを手で拭きながら、わたしはみっこに言った。

「すごく積もったね。電車もだいぶ遅れたし、今日は休講も多いみたい」

「福岡でも冬は寒いのね。なんだか意外だな」

そう言ってみっこはクスリと笑う。

「ママがね、昔、冬に九州に行ったとき、『九州って南国だからコートはいらないだろう』って思って、薄いワンピース一枚で飛行機に乗ったんだって。でも空港に着いたら雪が降ってて、寒くて寒くて、そのときはじめて、九州でも雪が降るって知ったそうよ」

「あはは。鹿児島や沖縄ならわかるけど、福岡だと、東京とそんなに緯度も変わらないじゃない」

「ママって地理音痴だから」

「それって、『音痴』とは言わないんじゃない?」

「そっか」


 ランチセットを食べながら、そんな他愛もない話をしているとき、ナオミが食堂に入ってきたのが見えた。なんだか元気のない様子。みっこは軽く手を振る。ナオミもみっこを見つけて、力なく手をあげた。

そういえば、この頃のナオミはなんだか変。

いっしょに食事していてもあまり食べないし、あれだけ休み時間の度に口にしていたお菓子を、食べているところを見なくなった。

カウンターでノロノロとお皿を載せているナオミを見ながら、わたしはみっこに言った。

「ねえ、みっこ。最近のナオミ、どうしたのかしらね?」

「あれで元気いっぱいだったら、スーパーガールよね」

「あれでって、みっこは理由わけ、知ってるの?」

「知ってるわよ」

「いったいどうしたの?」

そう訊いたとき、サラダと紅茶だけをトレイに乗せたナオミがやってきて、おっくうそうにわたしたちのとなりの席に、ドスンと腰をおろした。

「あ~あ。思いっきり食べたいな~! あ。みこちゃんの食べてるピザ、おいしそ~。いいな~」

そうボヤキながら、ナオミは手元のサラダを食べる気なさそうに、フォークでつつく。

「どう? 少しはダイエットできた?」

わたしに答えるかわりに、みっこはナオミに訊いた。

「ううん。減るのはおっぱいばっかり。もう2カップも減ったわよぉ」

「2カップ減ってもその大きさなら、いいじゃない」

「よくないよぉ~。朝ごはん食べないようにしてるんだけど、おなかがすいて気分悪くなるだけで、ほとんど体重減らないし… それに毎日夢に出てくるのよぉ。ステーキとか唐揚げとかケーキとかが」

「夢に見るって… そんな、ストレスが溜まるようなダイエットはダメよ。あまり無理しないでいいのよ。急激なダイエットはリバウンドが怖いし、食事を抜くのは逆効果なんだから。

それだったら、生活を朝型にして、朝食と昼食はちゃんと食べて、夕食に炭水化物を摂らないようにして、寝る前3時間はなにも食べないようにするくらいでいいわよ」

「そうぉ… じゃあ、そうする~」

ふたりの話に、わたしは口を挟んだ。

「ナオミ、ダイエットなんかしてるの? 急にどうしたの?」

「さつきちゃん。あたしね。オーディション受けるのよぉ」

そう言ってナオミは、サラダをつついていたフォークをカランとお皿に置いて、やる気なさそうに頬杖ついた。

「オーディション?」

「モデルクラブからの言いつけだって」

みっこがナオミの代わりに答える。

「モデルクラブ?」

「去年の学園祭のときに、ナオミはスカウトされたじゃない」

「あ。そうだったわね」

あのとき、ナオミは東京のモデルクラブから、スカウトされたんだっけ。そこはなんでも、みっこが所属している事務所らしかった。

「あのときナオミ、『モデルになれる』って舞い上がってたわね~。もうCMとかには出れたの?」

「もぅ~、さつきちゃ~ん。わかってないんだからぁ」

『Oh! No』というように、ナオミは大袈裟に両手を上げて肩をすくめた。

「スカウトされたって言っても、ただ、モデルクラブに入れたってだけなのよぉ。

この世界、そんな簡単にデビューなんてできないんだからぁ。モデルとしての基礎を、ちゃんと学んどかなきゃいけないのよぉ。そのレッスンがキツくてキツくて…

おまけに人のこと、『ウエストと二の腕に肉が付きすぎ』だの、『尻から太もものセルライトがみっともない』だの、バカにしてぇ。もうイヤになっちゃう。だけどそこは、越えなきゃいけない壁なのよねぇ~」

「ふふ。ナオミも少しはわかってきたみたいね。はい、ごほうび」

みっこはそう言って、自分のピザのひとピースを、ナオミの口に押し込みながら言う。

「ナオミは、パリやニューヨークでパチパチ写真撮られたいんでしょ? だったら頑張らなくちゃね」

「んぐ。おいしいけど… ライバルのあたしを太らせて蹴落とすみこちゃんの作戦に、まんまとはまったみたい」

「先生に向かって、そういうセリフは10年早いわよ」

「先生? みっこが?」

「ナオミに頼まれてね。モデルの個人レッスンをしてるのよ」

「さつきちゃんからも言ってよぉ。みこちゃんのレッスン、超きびしぃ~」

「ええ… あたしって『攻め系』だから。さつきからも言われたし」

「うわ。みっこ、そんなずいぶん前に言ったこと、よく覚えてるのね」

「あたし、そういう物覚えはいいのよ」

「みこちゃん、やっぱり意地悪ぅい~」

「じゃあ、もうレッスン、やめる?」

「ううん。頑張る」

「その意気よ。今日の午後の講義は休講になったから、お昼が終わったら行きましょ」

「行くって?」

「あたしのマンションのスタジオで、ナオミのモデルレッスンするのよ。さつきも来る?」

「え? いいの?」

「え~。さつきちゃんに見られるの? 恥ずかしいよぉ」

「大丈夫よ。たくさんの視線を浴びた方が、美しくなれるって」

そう言ってみっこは笑った。


つづく

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