Moulin Rouge 3

 適当に腹ごしらえが終わったみっこは、芳賀さんとフロアーへ踊りに出ていった。

まだ人前で踊る勇気がないわたしは、ソファに座ってドリンクを手にしたまま、みっこの姿を目で追った。

ユーロビートの激しいリズムに合わせて、みっこはからだをくねらせはじめる。

小気味いい足さばきにキレのあるターン。

ステップを踏む毎にプルプルと揺れるお尻と胸が、なんともキュートでセクシー。

ダンスのことはよくわからないけど、他の誰より、みっこはひときわ目立つ存在だった。


「ねえ。みっこのこと、どう思った?」

わたしと同じようにまだこの場所に馴染めず、グラスを手にじっとフロアの人ごみを観察している川島君に、わたしは訊いてみた。

「どうって?」

「わたしが言ってたとおりの印象だった?」

「そうだな…」

少し考えて、川島君は答えた。

「意外だった」

「意外?」

その言葉の方が意外に感じ、わたしはおうむ返しに訊いた。

「さつきちゃんの話から、ぼくはもっと、可愛くて明るい女の子を想像してたよ」

「え? みっこは可愛くて明るいけど?」

「まあ、そうなんだけど… でも彼女、なんだか怖いんだよ」

「怖い?」

「近寄りがたいっていうのかな。まだ、ほとんど話してないから、あくまで第一印象なんだけど…

森田さんって、親しそうにしていながら、壁を作っているって感じ」

「初対面だし、川島君が男だからじゃない?」

「それもあるだろうけど… でも彼女の場合、なんて言うかな…

男と対等に立っている感じ… って言えばいいのかなぁ。そんな印象」

「まあ、みっこって、男の人にはシビアな面はあるわよね」

「そうだろうな。ああいうタイプは、並の男じゃ持てあますんじゃないかな」

「持てあます?」

「男って、従うタイプの女の子が好きなんだよ。一般的に。

精神的にも肩書き的にも、自分の方が優位に立たないと気がすまないって言うか…

だから、対等な立場で話をしてくる女性って、『尊敬できても恋人には考えられない』って感じるもんだよ」

「ふ~ん。そんなものなの?」

「そんなものだよ。少年マンガによくあるヒロインのような、だれからも好かれる優しくって可愛いけど、他の言い寄ってくる男には見向きもしないで、自分だけを無条件に好きでいてくれて、どんな時でも男を立てる処女、が好きなんだよ。フツーの男って」

「なんか、すごい勝手ね。まあ、みっこの場合、『生意気でわがままな小娘』だし、確かにそういう、少年マンガのヒロインタイプじゃないかも」

「そうだな。一般的な男受けは、悪いだろうな」

ふうん。なんだか意外。

みっこみたいに綺麗でスタイルがよくって、性格も律儀で機転がきく頭のいい女の子は、どんな男の人にも好かれるって思ってた。

男の視線と女の視線って、やっぱり違うものなのね。


「あ~っ。おなかすいちゃった!」

しばらくしてフロアから戻ってきたみっこは、ソファに腰を降ろすなりそう言って、テーブルの上のフライドポテトをつまんだ。

「みっこのダンス、やっぱりよかったわ。でもわたし、お立ち台の上で踊ってるとこ、見てみたかったな~」

わたしがそう言うと、みっこはおどけるように両手を広げ、肩をすくめる。

「あそこは女の戦いなのよ。あたし、そんなのに加わるつもりなんてないしね」

「あれ? 世界中の女に勝つんじゃなかったの?」

「あはは。さつきってツッコミ鋭いわね。

あ! 新しいお皿が出るわ。さつき、取りに行こ! これだけは、世界中の女に負けられないわよ!」

そう言ってみっこは立ち上がり、フーズコーナーへとわたしを引っ張っていった。


 そうやってわたしとみっこは、ボックス席とフーズコーナーを何回も往復した。

みっこはスナックをつまんだり、カクテルをオーダーしたり、はじめてディスコに来たかのようにはしゃいでいる。

「あたし、もう3杯目よ」

バーカウンターで作ってもらったばかりのカクテルを頬に当て、とろんとした瞳でわたしを見つめ、みっこは微笑んだ。

「ええっ。それってちょっと、ペース早すぎるんじゃない?」

「そんなことないわ」

「みっこ、瞳がラリってるわよ」

「ふふ。だって気持ちいいんだもん。今夜は最っ高~!」

そう言ってみっこはふわふわと歩いていたが、ふとわたしを見て、訊いてきた。

「ねえ、さつき。川島君とはどこまで進んだの?」

「どこまでって… いきなりなんなのよ?」

「もう、キスくらいした?」

「ええ~っ。まだそんなんじゃないわよ~」

突然の質問に、わたしは耳たぶまで真っ赤にして否定する。みっこはいたずらっぽく微笑む。

「『まだ』ってことは、『そのうち』ってことなのね」

「もうっ。みっこの方こそ、ツッコミ厳しいわよ」

「さつきに聞いたってダメみたいだから、川島君に聞いてみよっかな~」

そう言ってみっこはカクテルグラスを手にして、さっさと行ってしまう。遅れてボックスに戻ってみると、みっこはしっかり川島君のとなりのシートに陣取っていた。


「パートナー・チェンジよ。さつき」

みっこは芳賀さんとわたしにウィンクした。

あ… 彼みたいなタイプ、わたし苦手なのに。

しかたなく、わたしは芳賀さんのとなりに腰を降ろす。


「さつきはディスコには、よく来るのか?」

カクテルグラスを差し出しながら、芳賀さんが聞いてきた。

ううっ。

いきなり人の名前を呼び捨てにしないでほしい。

「う、ううん。ディスコなんてはじめて」

「そう…」

「はっ… 芳賀さんは?」

「俺? まあね。ボチボチかな。ここははじめてだけど」

「そう」

「ダンス、好き?」

「わたし、踊ったことないけど… 見るのは好き」

「ふ~ん。ふだんはどんなとこで遊んでるんだ?」

「遊びって、わたしあまり知らないし… 本屋さんくらいかな」

「へえ…」

「…」

「…」

「…き、今日は寒いですね。雪、降ってましたね」

「そうだな」

「風邪、ひかないようにしないと」

「ああ」

「…」


どうも会話がスムーズにいかない。

やっぱり苦手なタイプだ。

この人とはわたし、『お天気の話』と『健康の話』くらいしかできそうにない。


わたしは川島君とみっこの方に目をやった。ふたりはずいぶん話がはずんでいる様子。

『やだぁ』とか言いながら、みっこはコロコロ笑っているし、川島君もいつもの人なつっこい微笑みを、みっこに向けている。

みっこのことを『怖い』なんて言ってたわりに、川島君ったら、けっこう楽しそうに喋ってるじゃない。ちょっと妬けちゃう。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る