Moulin Rouge 2

 …ったく。ディスコっていうのは、すごいところ。

入口でチケットを渡して薄暗い店内に入ったところから、もう単調な低音のリズムが地を這うように響いてきた。重いホールの扉を開けると、それがいきなり爆音に変わり、赤や緑のレーザービームが激しくまたたき、おなかをグーで殴られるようなものすごいサウンドが、壁一面の大きなスピーカーから雄叫おたけびのように、わたしたちに襲いかかってくる。

片方の壁はテレビのモニターでびっしりと埋め尽くされ、わけのわからないイメージ画像を映し出していて、目がチカチカする。

吹き抜けの高い天井では、SF映画に出てくるようなグロテスクな形をしたライトとミラーが、まるでエイリアンのように、激しくアップダウンや回転を繰り返している。

ひときわ高くなったお立ち台の上では、テレビで見たことがあるようなボディコンの女の子たちが、扇子を手に持って激しくからだをくねらせ、その足元を、エロスの女神をあがめるように男たちが取り巻き、そこらじゅうから発散される汗とフェロモンと化粧の匂いで、息が詰まりそう。

ひとことで言えば、男と女の欲望を呑み込んだ怪物が、うなりを上げて地の底から這い出してきたみたいな場所で、その迫力にわたしと川島君は、まずは圧倒されてしまった。


「あそこのボックスが空いてるわ。ラッキー。行くわよさつき」

そう言って上手に人ごみを縫いながら、まだ戸惑っているわたしの手をとり、みっこは奥のボックスシートへ向かった。

「ちっ。やっぱり金夜きんよるは人が多いぜ」

踊っている人と肩をぶつけながら、芳賀さんは舌打ちした。


「じゃ~ん」

ボックスシートにたどり着いたみっこは、そう言いながら羽織っていたハーフコートを脱いだ。

これは…

確かに街なかじゃ歩けないような、すっごいカッコだ!

真っ赤でタイトな、超ミニのボディコンワンピース。

ヴァージスラインまで襟ぐりが開いたデザインなので、黒のブラジャーのカップが露わになっている。アンダーバストより下はぴったりからだに貼りついているから、胸のふくらみが余計に強調されている。

パンツが見えそうなくらい短いドレスは、深いスリットが入っていて、レースアップの隙間からのぞく太ももが刺激的。しかもドレスの裾からは黒いガーターベルトのストラップが出ていて、太ももでストッキングを止めている。

う~ん。これは悩ましい。

みっこいいの?

そんなに見せて。

川島君なんて、目のやり場に困ってるじゃない。

「み、みっこ。ブラ丸出しだけど…」

「大丈夫。これ、見せブラよ」

「おお。みっこ。今日はなかなかセクシーだな」

「せっかくのディスコだもの。だれにも負けたくないしね」

「いったいだれと張り合ってるの?」

「世界中の女… なんてね。さあ、さつき。まずは食べ物取りに行くわよ!」

そう言ってみっこはわたしの腕を引っ張る。わたしたちはボックスシートとフーズコーナーを往復し、テーブルの上にポテトやミートパイ、スナック類にジュース、アルコールドリンクなんかを、ずらりと並べた。

男性5,000円、女性4.000円で食べ放題ってのは、嬉しい。


「みっこ、チューハイ作れよ。乾杯しようぜ」

芳賀さんがそう言いながら、グラスに氷を入れる。

「え~。あたし、作り方知らないの。ごめんね」

みっこはそう言ってなにもしないので、代わりにわたしが焼酎のボトルに手を伸ばした。

「お父さんの晩酌によくチューハイとか作ってるから、わたしがやるわよ。レモンサワーでいい?」

「わぁ。ありがとさつき」

「お。さつきちゃん、なかなか家庭的だな」

「お酒作るのを、『家庭的』っていうのかなぁ? むしろ、ホステス的?」

川島くんの冷やかしに照れながら、わたしは焼酎とレモン水と砂糖を入れたグラスに、炭酸を注いだ。

「みんなの愛に、乾杯」

ドリンクが揃ったところで、みっこはそう言ってグラスを掲げ、ペロリと舌を出した。


「ところでみっこ、今日はどうしてダブルデートなんて言い出したの?」

グラスに口づけながら、わたしはみっこに聞いた。

「ん。今日はあたしの誕生日なの? だからディスコでバースディパーティってとこ」

「ええっ! みっこの誕生日?

やだ。どうして言ってくれなかったのよ。わたしプレゼントとか、なにも用意してないのに」

そう言いながら、わたしは自分の誕生日のことを思い出した。

みっこはわたしの誕生日を覚えてくれてて、ワンピースをプレゼントしてくれたっけ。なんだか悪いことしちゃったな。

「いいのいいの。みんなで集まって騒ぐのが、いちばんのプレゼントなんだから」

「俺は持ってきたぜ。ほら」

そう言いながら芳賀さんは得意げに、ピンクのリボンのかかった小箱を差し出す。

「ありがとう。あ、綺麗な指輪ね」

小箱を受け取ったみっこは、その場でプレゼントを開き、箱から取り出した華奢きゃしゃな銀の指輪を右手の薬指にはめ、ミラーボールの方にかざしてうっとりと眺めた。

「19歳の誕生日に男から銀の指輪をもらえば、幸せになれるって言うだろ」

やさしく微笑みながら、芳賀さんは言った。意外とロマンティックなところがあるんだな。

みっこは指輪を小箱に仕舞いながら、軽く肩をすくめて応える。

「だけど指輪なんて、意味深なプレゼントよね」

「ダメか?」

「ううん。芳賀くんがあたしの幸せを願ってくれるのは、嬉しいわ」

「そうか!」

満足げな笑みを浮かべると、芳賀さんはグラスを高く掲げた。

「じゃ。みっこのバースディに乾杯」

芳賀さんがイニシアチブをとって、もう一度みんなのグラスがはじけた。


つづく

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