Moulin Rouge 4

「それでね川島君。さつきったら学校じゃいつも、あなたの話ばかりなのよ。のろけられてばかりで、お腹いっぱいになりそう」

「まったく、なんの話してるんだか… 怖いなぁ」

「あなたたちがつきあう前のことも、いろいろ聞いたわよ」

「さつきちゃん、ひどいんだよ。ぼくに、『友達にモデル級の子いるけど、その子紹介しようか?』なんて、平気で言うんだ」

「あ~。その話あたしも聞いた。それってぶっちゃけ、最終兵器よね」

「だろ? ぼくはそれで『終わった』って思ったよ」

「あはは。そこから立ち直って、西蘭女子大の文化祭で9時間もさつきのこと探し回るなんて、あなたもすごいじゃない」

「はは。そんなことまで知ってるんだ。

ぼくの方も、いつも森田さんの話を聞かされてるよ。さつきちゃん、熱心に話すんだよ」

「どんなこと言ってるの?」

「学校でのこととか、ファッションのこととか… 海に行って、森田さんがナンパ野郎にしでかしたことの話は、けっさくだったな」

「んもうっ。さつきったら、そんな話までしてるの?」

「森田さんって、けっこう過激な性格なんだね」

「そうね~…」

川島君がそう言うと、みっこはいたずらっぽい瞳で軽く微笑み、川島君が手にしていたカクテルグラスを取り上げながら言った。

「…で、あなたたち、どこまで行ってるの?」

「え?」「え?」

わたしと川島君の声がハモった。

「そんなこと訊いちゃうあたしって、確かに過激で下世話かも」

「も、森田さん、それ、本気で訊いてる?」

「もちろんよ。川島君って、落ち着いて知的な感じだけど、ふたりで会ってて、文学や写真の話や、あたしの噂話しかしてない、ってわけじゃないでしょ?」

「そりゃそうだけど…」

「その冷静さの裏に秘めた情熱リビドーを、いろいろ聞かせてほしいかな~」

ええ~っ! みっこ本気?

ほんとに川島君にまで、そんなこと聞かないでよ!

「あはは… まだ話せるようなこと、なんにもしてないよ」

川島君は頬を赤らめて答える。

「つまんな~い。あなたの理性を狂わせるくらいの魅力を、さつきには感じないの?」

「そんなことないよ。さつきちゃんは可愛くて、フェロモンたっぷりだけど… 大切にしたいんだ。彼女のこと」

「ふうん…」

「そういう目的で、つきあってるわけじゃないしな」

「なるほどね~…」

意味深な含み笑いを浮かべながら、みっこは川島君にささやく。

「川島君って、未経験まだなんだ」

「う…」

みっこの発言に、川島君も思わず言葉を失った。

「ふふふ。この正直者め」

「もうっ! みっこったら。酔っぱらってるんじゃない?」

放っておいたらこれ以上、なにを言い出すかわからない。まったくもう、みっこってお酒が入ると、エロオヤジ化しちゃうのね。まいったな~。

「確かに、ぼくはドーテーだけど、だから最初の相手は、さつきちゃんしかいないと思ってるよ」

川島君はみっこを見つめて、ニコリと笑った。

「む… なかなか見事なフォローじゃない。さすがね」

「もうっ。ふたりしてわたしをサカナにしないでよ。恥ずかしいんだから!」

わたしは真っ赤になって大声を出した。

だけど、ちょっぴり嬉しい気もする。川島君があんな風に言ってくれて…

「そうだな。ぼくたちのことをこれだけ話したんだから、次は森田さんたちの番だな」

「そうよ。わたしもみっこのこと、いろいろ聞きたいわ。芳賀さんとの仲とか、どこまで行ってるかとか」

川島君が反撃に出たのをきっかけに、わたしもみっこに追い打ちをかけた。

「ん…」

わたしたちの問いに答える気配もなく、みっこは芳賀さんをちらりと見る。芳賀さんはみっこの代わりに、冗談めかして言った。

「まあな。『沈黙は愛』ってところさ」

なにそれ? よくわかんない。


そのとき、フロアには新しい曲が流れ出し、歓声が上がった。

あ。カオマの『ランバダ』だわ。

「この曲好き! 芳賀君、踊ってあげるわ。行きましょ!」

みっこはそう言って芳賀さんの手を取ると、さっと席を立った。

「さつきも踊らない?」

「あ… わたしはまだいい。ここで見てるから」

「じゃ、見ててね。すごいの踊ってあげるから」

みっこはウィンクして微笑むと、芳賀さんと腕組みしてフロアへ出た。


またしても、みっこにはぐらかされてしまった。

自分のこととなると、いきなりガードが固くなるんだから。ずるい。


 森田美湖と芳賀修二はフロアの真ん中で向かい合い、互いに手を差し伸べる。

イントロから歌がはじまった瞬間、芳賀さんはみっこの腕をグイと引っ張った。

綺麗なターンを決めながら、みっこは芳賀さんの腕の中に納まり、からだを預けたまま髪を乱して唇をゆるめ、求めるような視線で、彼に顔を寄せる。

官能的なラテンのリズムに合わせて、みっこは芳賀さんの脚の間に、自分の脚を深く入れて下半身を密着させる。激しく腰をグラインドさせながら、くねるようにお尻を振る。ときにはからだを大きくのけぞらせて脚を高く持ち上げる。芳賀さんの肩から胸を伝って腰にまで、しっとりと這わせる指先が色っぽい。なんて挑発的でエロティック!

ラテンのダンスって、情熱的で淫らで、『恋人の踊り』なんて言われてるものもあるらしいけど、まさにみっこはそんな感じ。

短いスカートの裾からショーツが見えるのもおかまいなしに、愛の情欲を全身で表すかのように、激しくなまめかしく身をよじって、みっこはねっとりとしたランバダのリズムに抱かれていった。


「そこのペア、すごいね。ヒップアクションが悩ましいよ!」

DJの軽口が飛ぶ。

回りで踊っている人たちも、みっこと芳賀さんの迫力に圧倒されて、いつの間にかふたりを囲むように人の輪ができ、手拍子をとったり口笛を吹いたりしていた。美男美女のペアはやっぱりサマになるわ。


「さつきちゃん」

みっこのダンスに見とれていたわたしのとなりに席を移して、川島君はささやいた。

「森田さん、芳賀さんが本当に好きなのかな?」

「え? どういうこと?」

「森田さんの彼を見る目が醒めてるんだ。好きな人に向ける視線じゃないみたい」

「芳賀さんはみっこの恋人じゃないってこと?」

「多分ね」

「でも…」

わたしはみっこと芳賀さんのことを、最初から振り返ってみた。


ダブルデートを提案してきたとき、『彼氏なんてできたの?』ってわたしの問いに、みっこは答えず、今日も『芳賀修二君よ』と、紹介しただけ。

そうか。

みっこは彼のことを『恋人』だなんて、ひとことも言ってない。

わたしが勝手に思い込んでいただけだ。

みっこは嘘をついてはいないけど、本当のことも言ってない。それって、彼女がよくやる手。

だけどみっこは、あんなに親しげに芳賀さんと踊っている。こんなにからだを密着させて踊るなんて、ただの友だちじゃ考えられない。いったいふたりは、どういう関係なんだろ?


つづく

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