PERKY JEAN 4

 レジをすませたふたりが、レストランから出てきた。さすがに高額の食事代はこたえたらしく、なんだか浮かない顔をしている。

「ごちそうさま」

みっこが愛想よく笑った。

「ああ。うまかっただろ?」

「さすがにあなたのチョイスのお店ね。気に入ったわ」

「よかったな。それより走ろうゼ。ドライブはやっぱり夜に限るからな」

サングラスがみっこの肩を抱いてクルマにいざなう。彼女はなにも言わず、誘われるままナビゲーターシートに身を沈めた。


 陽の暮れた郊外の国道のドライブは、おなかが満足になったわたしには、ゆりかごのように心地いい。しゃくだけど、やっぱり高級車は乗り心地もいいし。

ルームミラーに映るみっこも、うつむき加減にウインドウに首をかしげて、瞳をトロンとさせている。襟ぐりの大きなミニのワンピースは、胸のふくらみの陰影をルーズにさらけだし、高く組んだ脚は、ふとももが露わになっている。運転席のサングラスは、それをチラチラ盗み見ているようだった。みっこ、そんなに隙を見せて、大丈夫なの?


「あたし、眠くなっちゃった」

誰に言うでもなく、みっこはつぶやいた。

「休もうか」「どこかで休もう!」

サングラスとニキビの声が再びハモった。しばらく沈黙して、みっこは気だるげに言った。

「夜の海が見たい」

ええっ?

それってなんか、マズくない?

みっこは続けた。

「あたしたちが会った海に、行こ?」

「いいゼ。サッキはどうなんだ?」

サングラスが訊く。わたしもうなずくしかないじゃない。


 昼間、あれだけ賑やかだった海岸は、今は人影もなく、ただ寄せては返す波の音だけが、同じリズムで飽きることなく繰り返している。

ときおり、遠くの岬の灯台が、四人の姿を闇の中に浮かび上がらせる。

声を出せばピンと張った空気が壊れそう。そんな静けさを切り裂くように、時折、爆音を響かせたクルマが、海岸沿いの道を走り抜けていく。


「みっこ、灯台の方に行ってみようゼ」

「サッキ、俺達はこっちに行こ」

まるで打ち合わせていたかのように、彼らは別々の場所にわたしたちを誘った。


えっ?

お互いふたりっきりになるの?

いやよ。

絶対イヤッ!


「もう少しいっしょに歩きましょ。楽しくおしゃべりしたいわ」

みっこの言葉に男たちはしかたなくうなずき、『楽しいおしゃべり』をはじめた。


サングラスの質問は次第に露骨になってきた。

「みっこ。おまえもうバージンじゃないだろ? 何でも知ってるって感じで、慣れてるもんな」

「あら? あなたたちのことは知らないわ」

「じゃ、オレを知ってみろヨ」

「ふふ。あなたがじょうずに口説けたら、考えてもいいわ」


ふぅ…

わたしにはついていけない会話。

でも彼女、ほんとにそんな経験あるのかしら?

それはそれで、聞いてみたいかも。

「サッキはどうなん?」

不意にニキビが訊いてきた。

「えっ? わたし?」

なんて答えたら…

しかし、わたしが迷う間もなく、みっこがフォローを入れてきた。

「この子にはちゃんと彼氏、いるのよ。だから手なんか出したらダメだからね」 

ニキビは「チッ」と舌打ちしたような顔。

ふん、いい気味。

それにしても、みっこの機転のよさには感心する。



 ゆるやかに弧を描いた長い砂浜を、わたしたちはあてなく歩いていた。

もう、小一時間ほど歩いただろうか。

かなり遠くまで来てしまった。

小さな湾を隔ててほとんど正面の向こうに、クルマを止めている海水浴場の水銀灯や、海の家の明かり、時間待ちをしているバスの室内灯なんかが、チラチラと瞬いている。岬の灯台は山に隠れて光も届かなくなり、海沿いの国道を走るクルマも、もうまばら。


いったいどこまで歩くんだろう?

周りには民家もなく、鬱蒼うっそうとした松林が続いているだけ。

ポツポツと並んだ街灯だけが、人気ひとけのないアスファルトを照らしている。

こんなに薄暗くて寂しいところまできて、ほんとに大丈夫なの?

道ばたには海水浴場からふたつ先のバス停があるから、もう3キロくらいは歩いている。そのあたりの砂浜でみっこはようやく腰をおろした。続いてサングラスが、みっこにぴったりくっつくように座る。

「じゃましたら悪いけ」

彼女のとなりに座りかけたわたしを、ニキビはそう言って遮った。みっこはなにも言わない。ニキビはふたりから20メートル程離れた草むらに、わたしを連れていく。気が気じゃない。みっこ、これからどうするつもり?

わたしの脳裏には、ふと、昔見た青春映画のワンシーンがかすめたけど、今はキャスティングが悪すぎる。


『さつきはあたしのそば、絶対離れちゃダメよ』


みっこの言葉を思い出す。だから、こうして彼女から離れてしまったことが、不安でたまらない。


「…楽しかったよ。食事もうまかったし。なんたってみっこ…」

「Kiss in blue heaven♪ 連れていってねぇ…」

風に乗ってとぎれとぎれに、ふたりの会話が聞こえてくる。みっこをなんとか口説こうとしているサングラスを無視して、彼女は歌なんか歌ってるみたい。

「おまえみたい… キレイな女って… …てだ。なんでもして…」

「誘惑… ポーズの裏… してる …悪い子♪」

「…だろ。無理もないけどサ。お前が好きに… おい。聞いてるのか?」

「聞いてるわ」

よく聞きとれない。

もっと状況がわかるよう、わたしはふたりの会話に耳を澄ました。


「え?」

そのとき、わたしの肩になま暖かいものが触れた。

ギクリとして振り向くと、そこにはニキビの腕があった。

一瞬、どういう状況なのかわからなかった。が、次の瞬間、戦慄とともに呑み込めた。

わたし、ニキビに肩を抱かれてるんだ!

「はっ、放してよ!」

「いいやない。これくらい」

「いやっ!」

わたしが拒んでも、ニキビは腕の力をさらに込めてわたしを抱き寄せ、顔を近づけてきた。

ぞっとする。

嫌いな男に触られるのって、生理的にイヤ!

わたしは必死に肩をよじった。

「やめてよっ」

「いいやない」

「いやっ!」

「一回だけ。ね」

「絶対ダメッ!」

ニキビの猫なで声に、かえって恐怖が増してきて、わたしは必死に拒んだ。

しかし、ニキビはわたしのあごに手をかけて、強引に顔を持ち上げようとする。歯をくいしばってうつむくけど、少しずつこじ上げられてしまう。すごい力。敵わない。

どうしてこんな野蛮人が、わたしより力があるの?

女の子って理不尽よ。怖いっ!


つづく

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