PERKY JEAN 3

 サングラスの運転するクルマは、おなかに響く低音を残して、夏の海をあとにした。

「どうしてオレ達と付き合う気になったんだ?」

『サザンオールスターズ』のCDをカーステレオにセットしながら、サングラスは鼻先を得意げに上に向けて、みっこに訊いてきた。

「高級フレンチのフルコース、おごってもらうためよ」

「それだけか?」

「そのあとのことは、気分しだいね」

「ははは。『気分しだいで責めないで』ってか? おまえ面白れーな。じゃ、さっそく食いにいくか。オレ、うまいレストラン知ってるんだゼ。神戸牛の…」

サングラスの話を遮るように、スピーカーからすごい音が飛び出してきた。シャンシャンと甲高い音が、なんとも耳障りで不愉快。こんな大音量じゃ会話するどころじゃない。


 サングラスが案内してくれた店は、『田舎の日曜日』という、グルメ雑誌にでも載っていそうな、洒落たフレンチレストラン。

煉瓦作りの瀟洒しょうしゃな洋館で、開放的な掃き出し窓と、そこから続くテラスがおしゃれ。

室内の柔らかいダウンライトに浮かび上がった家具や建具は、フランスのカントリー調で、サングラスのエスコートにしては上出来。

「あたし、このいちばん高いディナーにする。みんなもこれでいいでしょ。ワインは赤のフルボディでお願いね」

テーブルについてメニューを開いたみっこは、ためらわずに『憧れのブローニュの森』ってネーミングの、12,000円もするフルコースを注文した。そしてすぐに、向かいの席に座った男たちと会話をはじめる。こんな時、わたしはいったい、なにをしゃべればいいんだろ。


「そういや自己紹介まだだったな。おまえらの名前、教えてくれヨ」

サングラスが聞いてきた。

わたしが口を開くよりも早く、みっこが答える。

「あたしは河合美津子。この子は松田早紀。でも『みっこ』と『サッキ』でいいわ」

福岡こっちに住んでんのか?」

「ううん。埼玉県人」

「でも福岡の大学に行ってるんだろ。ふたりともお嬢っぽいよな。福岡女学院かその辺だろ」

「残念でした。埼玉のフツーの大学よ。今は夏休みで九州のおばさんちに遊びに来てるの。あたしたち、いとこなの」

「仲いいんだな」

「わかる? いとこで親友なのよ」

そう言ってみっこはコロコロと笑う。わたしはあっけにとられて会話に入れない。

名前はもちろん、『埼玉』だの『いとこ』だの、み~んなデタラメ。

なんとまぁ、こうもすらすらと嘘が出てくるの?

みっこはこのふたりに、全然気を許してないんだ。

なのに『ニックネームで呼んでいい』って言って、打ち解けてるフリしてる。巧妙なやり方。


 実際ふたりは、馴れ馴れしく話してくるようになった。名前も教えてもらったけど、すぐに忘れちゃったので、『サングラス』と『ニキビ』で通すことにする。

「でも大学生ってヒマなのねー。夏休みに一日中ナンパやってるの?」

「んな事ないゼ。テニスやウィンドサーフィンなんかやるし、毎年冬には北海道にスキーにも行くんだゼ。北海道の雪はパウダースノーで最高にごきげんサ。最近はゴルフにこってて、この前なんか5番ホールでイーグル出してサ。スコア90切ったことだってあるんだゼ」

「ふうん。すごいすごい」

みっこのひやかしにも気づかないで、サングラスは得意げに続ける。

ん~。この人の語尾って、なんかキザっぽくって、わざとらしい。

「それにクルマの事ならメチャ詳しいゼ。あの『セルシオ』も新車で買ったんだ」

「500万だぜ。500万!」

ニキビが口をはさむ。

「それを自分でチューンアップして、オイルクーラーつけてローダウンさせて、ホイールも16インチはかせてサ。こいつはピエゾTEMSでサスが可変だから、そこも固めにチューンしてコーナーの喰い付きを上げてるのサ」

「カーコンポもSONYのグライコ付きなんよ。しかもDAT装備して200ワットのデジタルアンプで、スピーカーもツィーターとスーパーウーファー2発足して6チャンネルにしてるから、すげー音がいいやろ」


ああ…

わたしには理解不能の会話。

めまいがしそう。

どーでもいいけど、ふたりとも食べ物口に入れたまましゃべるのはやめてよね。クッチャクチャと品がないから。それにその犬食い。みっともないったらありゃしない。

まあ、いいか。最初の目的に専念しよ。

このお店のメインディッシュ、お肉が柔らかくってソースもおいしい。サングラスのおすすめってのは気に入らないけど、みっこ風に言うなら『レストランに罪はない』よね。

それにしても、みっこは食べ方も綺麗。

ピンと背筋を伸ばして,優雅にナイフとフォークを使ってる。

そういうわたしも、いまいちテーブルマナーはぎこちないかも。

こんなオシャレなフランス料理のレストランなんて、今まで来る機会なんてなかったから。


「サッキの趣味はなん?」

ニキビがいきなり、話をわたしに振ってきた。

「えっ? えっと… 本読んだりとか、お菓子作ったりとか… くらい」

「俺も本読むんよ。赤川次郎とか山田詠美とか。『ノルウェイの森』はわけわからんであんまりおもしろなかったけど、映画化されたら見たいだい」

「そうかな? 最近の原作つきの映画って、解釈が浅いくせに表現が奇抜に走りすぎで、原作の世界観を壊しちゃってるものが多い気がする。小説には活字でしか表現できない世界があるから、その映像化にはまず、世界観の共有から入らないといけないんじゃないかな。

それに今の若者向けの小説って、ムードばかりに流され過ぎてて、刹那的でおもしろくない。わかる人にしかわかんないって感じで、普遍性もないし、語彙ごいもステロ化して乏しいと思う」

「…」

わたしがしゃべった後は、しばらく誰も口をきかなかった。

みっこはひとりでクスクス笑ってる。

や、やっぱり場に合わない話だったかな…

「あ。シャンパンとろうゼ。乾杯しよう!」

サングラスはそう言って、話をはぐらかした。


 それでも会話のイニシアチブはみっこが握っていた。

彼女は巧みに彼らの恋愛観や、好みの女の子のタイプなんかを聞き出す。そんなふたりの話を聞いていて、わたしは失望してしまった。

ふたりが女の子のことを話すとき、よく『ギャル』って言葉を使うんだけど、わたしには『GAL』は『GIRL』より一字足りない、女性を見下したスラングにしか聞こえない。

彼らの理想の『ギャル』ってのは、つぶらな瞳で可愛いだけがとりえな、男の人に「はいはい」と従う、意志のない女の子。

それって女の子を、自分の欲求を満たすためだけの存在、ただの「もの」としてしか、見てないんじゃないの?

う~ん…

こんなこと考えながら食事したって、ちっともおいしくない。


「ねえ。ナンパはよくやるの?」


おっと~。

大胆なみっこの質問が飛び出した。さすがにふたりも慌てた。

「いいのよ、気にしないから。あたしたちが初めてってわけじゃないでしょ。今までひっかけた女の子、どうだった? すぐころんだ?」

「あ… アブナイ会話だな。みっこはやっぱりおもしれーゼ」

「はぐらかしたってダメよ。言っちゃいなさいよ。あんなすごいクルマに乗ってて、こんな素敵なレストラン知ってるんだもの。女の子の方から寄ってくるんじゃない?」

「ん… まあな。ワンレンボディコンの女は、クルマ見ただけでついてくるな。それからDCグッズを買ってやって、テレビに出たレストランとかカフェ・バーに連れていったら、もう舞い上がりまくりだゼ」

「その後で、『イルパラッツォ』あたりのシティホテルに連れ込む、ってわけね?」

「はは。そんなホテルだったらもう浮かれちまって、何でもやらしてくれるゼ。まったく九州のイモねーちゃんはレベル低いな。その点みっこは違うゼ。場慣れしててお嬢様っぽくて。

おまえを知ったら、もう他の女なんかと付き合えねえゼ」

「やっぱりみっこがイカすギャルやね。この前の女なんかブクブク肥えてて目がちっちゃくてブサイクでよ。ブスブタは女の価値ないやろ」

「そりゃそうだ。女はヤラせてなんぼだゼ」


…あったまにきた。


手に持っていたコーヒーを、ぶっかけてやりたいくらい。

こんな男たちに女の子を愛する資格なんて、ない!

もういい!

こんなのとはこれ以上いっしょにいたくない。

みっこ、もう帰ろう!

せっかくの楽しいバカンスが台無し。


ふたりに気づかれないよう、テーブルの下でわたしはみっこをつついた。

「もう出ましょ。あたしたち、外で待ってるわ」

わたしからのサインを待っていたかのように、ふたりにそう言うと、みっこは席を立った。


「最悪!」

レストランの外に出るなり、わたしはみっこに怒りをぶつけた。だけど彼女は、涼しげな顔をして応える。

「でしょうね」

「なんであんなのと食事したりしたのよ。いくら高級フレンチ目当てといっても、あれはないわ」

「さつきが『男の子のことはよくわかんない』って言うから、見せてあげようかなって思って」

「…む。そうかもしれないとは思ったけど、でも、あれはひどいんじゃない?

どうせなら、もっといい男のことを知りたいわ。

みっこも言ってたじゃない。『くだらない男に関わってると、こっちまで低く見られる』って。

わたし、いっしょに食事してても、店員さんや他のお客さんに『くだらない女』って見られてるようで、すごく恥ずかしかったわ」

「そうね。失敗したかもね。今度はもっといい男、ナンパしようね」

そう言ってみっこはクスクスと笑った。


ん~。

彼女にとっては全部計算どおりってわけ?

彼らの言動もわたしの反応も。

そう考えると、ちょっぴり安心できるかも。みっこの行き当たりばったりな行動なんかじゃなくて。

ひととおり怒りが収まったあと、わたしは訊いた。

「ねえ。これからどうするの?」

「そうね…」

「今、あの人たちもいないし、このままこっそり帰っちゃおうよ」

「まあ、あたしに任せてよ」

「なにか考えがあるの? じゃあ、どうするのか教えて。今度はわたしもみっこの行動知っとかないと。今日はもう、振り回されっぱなしだから」

「そうね。おもしろくなるのはこれからよ」

「おもしろくなる?」

「食事に6万円も投資すれば、元を取ること考えるはずでしょ」

「もと?」

「さつきはあたしのそば、絶対離れちゃダメよ」

そう言ってみっこはわたしを見つめ、意味深な笑みを浮かべた。

いったいこの子はなにを企んでいるんだろ。なんだか怖い。


つづく

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