第2話 隣の万 茉莉

「りょーお。おーきーてー!」

パチッと目を開けた先には、俺の上に乗るド天然かつ無自覚かつ俺の隣人かつ親公認の彼女である、万茉莉よろずまりの姿があった。薄ブラウンの細い、腰まである髪の毛が、かけた耳から落ち、ぱっちり二重の瞳が俺を見つめ、小さい鼻にふっくらした唇の茉莉は最近ますます美少女に拍車がかかっている。

「…んなっ。な、なんでいんだぁーーー!」

「だって、涼、起きてこないんだもん。それに、きょうくんに『茉莉が涼の上に乗ったら絶対起きるよ』って言われたんだよ?」

俺、河瀬涼かわせりょうの3つ上の兄、河瀬京かわせきょうは、元の黒髪を能力で色染めをし、現在は見事なまでの赤髪である。その髪色に誰もなにも言わないのは、二重の柔らかい瞳にスッと通った鼻筋、薄い唇を持つ兄のかっこよさにヤられたと言っても不思議はない。

まぁ、かくいう俺も顔は悪くないと思う。一応兄弟なので、顔は似ている。唯一似ていないとすれば、兄は二重なのに対し、俺は一重で切れ長の瞳というだけだ。


「涼、もう時間だよ」

ボケーとしてたのを寝ぼけている、と勘違いしたのか、茉莉が俺を急かしてくる。

「…あ、ああ。まず、茉莉は俺の上から降りろ。な?」

「あ、そうだった。ごめんね?重かったでしょ?」

俺の言葉を聞き、申し訳なさそうな顔で素早く俺の上から退いた茉莉。

「いんや、全然」

のっそり起き、茉莉のおでこにそっとキスをした。

真っ赤になった、茉莉の頬に俺は満足気に微笑んだ。

「おはよう、茉莉」

「…ぅん…」

照れた茉莉は俺を押し退け、部屋を出てドタドタと階段を下りていってしまった。

(やり過ぎたか)

茉莉は純情だ。それゆえの危険もある。

彼女こそがこの世界一といっても過言ではない、チートな少女なのだ。

なぜ彼女がチートと言われているかというと、彼女の能力が人の気持ち以外なら何でも叶うからである。

所謂いわゆる、″有″の能力なのである。

俺は彼女を守らなければならない。

それは、彼女のためだけではなく、俺のためでもある。

俺は今一度気持ちを引き締めた。



1階に下りると、茉莉は俺の母親である、河瀬 梨佳りかと仲良く話していた。

ダイニングテーブルには、兄貴の京と妹の梨沙りさが朝食を食べている。

親父はもう会社に行ったのだろう。

「あ、涼!」

茉莉が俺に気付き、朝食を置いてくれる。俺はそこに座り、大人しく朝食を食べた。

茉莉は俺が食べ終わりそうな時に鞄を持ってくると隣に行った。

食べ終わった朝食を片付けている時、兄貴が「どうだった?茉莉のう、ま、の、り」

と耳元で囁いたのにはぶん殴りそうになったが。

丁度、茉莉が帰ってきたので止めた。


「いってきまーす」

「いってきます」

茉莉と2人、いつもの道を歩く。

私立若鷺わかさぎ学園へ。



学校に着き、俺達は自分のクラスへと向かう。Bクラスの俺とAクラスの茉莉はクラスが違う。

俺が教室に入ると近づいてくる、1人のゴツい男子。

「はよ、涼」

「おう、けんたろ」

剛力健太郎ごうりきけんたろう。通称、けんたろ。俺の小学校からの親友で、茉莉との仲もよく知っている。

「今日もアツアツだなぁ、2人は。爆発しろ!」

「いや、無理だから」

不意にぶわっと何かが俺の体を駆けていく。いつもの感覚なので、特に気にはしなかったが。

「ところで、今日も大丈夫だったか?」

「ああ、問題ない」

「そうか」

また、ぶわっと何かが俺の体を駆けていく。

これは、けんたろの能力″防聴シールド″。物理的なものではなく、感覚的なものへのシールドだ。主に聴覚に関しての。

「どうせ今日も一緒に過ごすんだろ?」

「まあな」

「ちぇっ。にやけた顔しやがって」

そう言いながらもなんだかんだ俺達の関係を一番喜んでくれるのはこいつなんだよな…。


__昼休み。


人っ気のない第4講義室。俺と茉莉は2人で弁当を広げていた。大食いの茉莉が大きい弁当を食べる。

茉莉は、その能力の高さから栄養をたくさん欲する。

にしても……

(多いな…)


呆れながら彼女を見るのはいつものことである。

だが、今日は違った。

ドタドタと駆けてくる足跡が聞こえてきた。


それは次第に大きくなり、この部屋の前で止まる。




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