第一廻「仕事だよ」
なんて不快な夢だ。
他人の夢にまで介入してくるなんて、と八つ当たりめいた台詞と共に溜まった鬱憤を吐き出した。凝り固まった全身をほぐしつつ大きく伸びをする。
どうやら仕事半ばで力尽きてしまったらしく、机の上は大量の書類と悪魔のドーピング剤で散らかっていた。達成できなかった昨夜のノルマを片付けるべく、仕事を再開しようとしてある一点で目がとまる。それは、膨大な紙の束に埋もれ、ひどく頼りなげな一通の手紙だった。なんの変哲もないただの便箋になぜ惹かれたのか、ヤツほど鼻の利かない自分には分からなかったが、きっと、そう彼ならこう言うのだろう。
「素敵な香りがしマスねえ。niceなsumerにamagingなfate!繋ぐはアナタの選択次第!」
声高らかに宣言したバディのありがたいお言葉の通り、勘を信じてみる事にする。可愛らしいシールで彩られた依頼を手にとり、これから起こる素敵ななにかに想いを馳せ、ちいさな便箋の封を切った。
⌘
部屋の隅っこ、黒く輝くゴキブリ一家が根城にしているその場所から、何やら声が聞こえる。
「
なにやら、と言うかまあこれは間違いなく上司の声だ。そしてこのトーンは人を馬車馬のごとく働かせる時のそれだ。
何故部屋の隅から声が聞こえるか。それには海よりも深く山よりも高い事情があるのだが、ここはシンプルにいこう。
つい先ほど、通信用の小型式神・こまちさんのご機嫌を損ね、拗ねた彼女は部屋の隅、小さな闇の住人となってしまったのだ。同じ空間に居さえすれば音声は届くので問題ないが、すこし寂しい気もする。雌兎の形をとっていることだし、やはり好物は人参だろうか。あとで高麗人参をご馳走しよう、といつになるか分からない後でを決めて、こまちさんの元へと這っていった。
「こちら市房ー…なんやまた厄介事持って来てくれはったんですか?僕行きたないんですけど」
「言うと思った。でも今回のは中々面白いよ、依頼内容もそうだけど、編成メンバーがまあ大変なんだ。」
「と、言いますと」
「まず市房君でしょ、それに君と同じ7課から望月君、
「聞いただけで胸焼けしそうやわぁ…」
「個性の殴り合いみたいな子達が揃ったよね。きっと楽しいよ、君が勇者の超攻撃型火力パーティーだ。」
読み上げられた名前に思わずうへぇ、と声が出た。個性の殴り合いとはよく言ったもので、誰一人としてマトモな人間がいないのだ。もちろん自分も含めて、慎重とか堅実なんて言葉を知らないような連中が集まってしまっている。しかもこの面子なら間違いなく自分が引っ張っていかなければならない。
脳裏に浮かぶ奇抜な髪色の数字コンビとふざけた頭の後輩、そしてそのお供をポフポフと追い払って、やけに楽しげな雰囲気の上司に続きを促す。
「まあ嫌な予感はしてましたけど、この編成で行くいうことは僕が指揮執らなあきませんよね?」
「察しが良くて非常に助かるよ。15分後に皆を連れてミーティングルームによろしく、各自装備は完璧にしておくこと。」
「りょーかいです〜」
なんとも気の抜けた返事をしたものだ、と他人事のように考える。とは言えそれも今回の依頼内容を思えば仕様のない話で、どう頑張っても始末書1枚半は堅い。自然と量産される溜め息に、こまちさんからの気つけタックルが飛んでくる。怠けきった頭に喝を入れられ、ようやく仕事モードに入ったような気がした。兎にも角にも、問題児達を招集しなければ。
⌘
一度やる気を出してしまえば行動力はある方だと自負している。5分で準備を整えさせ更に5分で班全員揃って部屋前に到着しているのが良い証拠だろう。若干名着崩れたような格好の者もいるが、今回の編成班でそれを追及する方がナンセンスである。個性的、とは、つまらなくないという事なのだ。
「ほな持ち物チェックすんで〜忘れもんあったら取りに行けんの今のうちやからな」
「これ毎回やるけど何か意味ある?どう思うよ蘇ちゃん」
「ワタシは無い思うけど…言わないお約束って奴ネ」
「毎回思うけどほんま冷たいな自分ら。遠野とかやったら付き合うてくれんのに」
「殿お人好しだかんね」
「そッスよねー、聞かなかったフリでいいのに!」
「僕一応先輩なんやけど??まあええわ、そろそろ丁度いい頃合いやし。入ろか」
歳上の威厳などは既になく、余した時間の暇つぶしに使われ終えた。悲しい事に、この後輩達は自分にだけひどく手厳しいのである。
網膜認証とID認証の二重ロックを通って司令室の扉をくぐる。今日も今日とて書類やら資料やらがそこら中に散らばり、エナジードリンクの空き缶が何本も隊列を成している。いっそワーカホリックの寝床と言った方が正しいような、雑然とした空間がうっそりと広がっていた。
京妖奇譚 ひじしま @hiji_shima
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