世界の終わり



 それは井上さんと初めて話してから二週間後の朝だった。

「あれ?」

 目覚めた時、すぐに違和感があった。いつもの目覚まし時計の音がしていたから。

 ここはどこ。私の部屋。”現実世界”の私の部屋。

 おかしい。何故なら私はさっきこの部屋で寝たから。それならば目覚める場所はセルフトピアの筈。

 偶々だろうか。いやここ二年ほどは必ず行き来していた。どうして……。

 私は一抹の不安を胸に残しつつも、朝の身支度を始めた。





 放課後。私と井上さんは誰もいない教室で秘密の密会をしている。決めて約束した訳じゃないが、自然とそうなっていた。

「これで、今の所全部かな」

「わっ! やったあ!」

 別に本当は密会でも何でもないけど、何だかそういう方がわくわくする。二人が話すのはいつも、この西日が差し込む教室だ。

 ミーファの助言も役立っていた。恐れず他人へ踏み込む事が大事だ。

「でも、井上さん本当変わってる。正直見た目からはメルヘンなおとぎ話が好きだなんて想像つかない」

「なんでぇ? 私、おとぎ話大好き。現実なんて嫌な事ばっかり。いいなぁ、私セルフトピアみたいな世界に行きたい」

 それはちょっとばかり褒めすぎだ。礼を言っていいものなのか、はにかむ事しかできない。

「剣と魔法みたいのも良いけどさ。不思議な生き物が毎日ただ仲良く面白可笑しく生きてる世界って最高。意外とそういうお話少ないよね。不思議の国のアリスみたいな。赤の女王は別だけど!」

 力強く頷く。すごく良く分かる。どうしてファンタジーの世界でまで皆戦いだすのだろう。そんなの現実世界だけで十分だ。

「……ねぇ、絵里ちゃん」

 井上さんが改まった声を出す。この所、井上さんは私を絵里ちゃんと呼ぶ。

「これ、どうしても他人に見せちゃダメ?」

 それは既に何度かめの質問だった。

「……だめ」

「どうして? こんなに素敵なのに! 勿体ないよ!」

「……自信が無いの。井上さんは褒めてくれるし、面白いって言ってくれるけど……。でも、ダメなの。どうしても怖いの」

「でも一歩踏み出さないと自信なんてつかないままだよ」

 言葉に詰まった。違う。確かにそうだが。私が本当に恐れている事は違う。

「あのね、実は……」

 私、セルフトピアに住んでいるの。

 思い切りをつけて飛ぼうとしたのに。寸でのところで私は二の足を踏んだ。

「……文芸サークルにでも入ろうかなって」

 思ってもいない事を言ってしまう。

「やっぱり最初は同じ趣味の人じゃないと見せるの恥ずかしいもの。そこでも褒めて貰えたら自信にも繋がると思うし」

「そっかぁ……。まぁそうだよね。よっしゃ! じゃぁ私も入るよ文芸サークル!」

 おっと、引っ込みがつかなくなった。

「ほ、本当? わぁ心強いな」

「私も私も! 一緒なら安心だね!」

 うーん、私本当に文芸サークル入るのかな。まぁそれはそれでアリかな、なんて思っていた。





「ねぇ、私と会うの久しぶりじゃない?」

 いつものお店。いつもの紅茶。いつもの女店主。だけど、ここに来れたのは三日ぶりだ。

「え? 何言ってるんだい? 昨日も来たじゃないか」

 ミーファのお店は本来お休み。ディアミケッソに向けた飾り付けをして、料理の仕込みをしている。中に入れるのは私やアベルとカイン、つまりお得意さんの特権だ。

「そう、よね。何だか最近眠りが深くって。ミーファと会うのが久しぶりな気分なの」

「いいじゃないか。前言ってたもんね。良きクリエイティブには良き睡眠が大切だ、なんて」

 やたらすました表情を作って言う。

「そんな言い方してないでしょ!」

 折り紙のモールを吊しながらアベルとカインが声をあげて笑った。

「いよいよ明日はディアミケッソ。わくわくするよ。カインじゃないけど、今年は何か起きそうな気がするんだ」

「そーっすよ! 絶対なにか起きるッス!」

 感情を隠さないミーファであったが、ここまで高揚感を出しているのも珍しい。カインもまた終始笑っている。心なしかアベルまでいつもより表情が柔らかい。

 私の知らない祭りを皆が楽しみにしてる。私と会うのは三日ぶりなのに。

 そんな事、思っていないと否定した所で自分に嘘はつけなかった。皆は何も悪くないのに内心少し責めている。なんて子供っぽいんだろう。

 でも……事実だ。この世界は、私を抜きにしても周り初めているじゃないか。

「……私はあんまり楽しみじゃないな」

 つい。つい言ってしまった。構って欲しい子供が親を困らせるために言う駄々だ。

 ミーファとカインが顔を見合わせる。アベルは聞こえなかった振りをしているかのように、作業を続けている。

「どうして? 絶対楽しいよ。初めてなんだろ?」

「そーっすよ! 参加してから言ってくださいよ!」

 どうしようもなく、つまらないイラ立ちが募る。

「別に。たかがお祭りにあんまり一生懸命だから、ちょっと子供っぽいなって思っただけ」

 違う。そんな事無い。お祭りは、皆で楽しめる最高の行事だ。そっぽを向いた理由は、情けなくて皆の顔を見れないからだ。

 シン、とした沈黙が続く。こんな空気耐えられない。

「ごめん! 寝不足でイライラしてるのかも! 上の部屋借りる!」

「あ、エリーヌ!」

 呼び止める声を無視して、階段を上がる。寝不足? ついさっき眠りが深いと言ったばかりだ。どうして私はこんなにバカなんだろう。

 何かから逃げるように、私はベッドに潜り混み無理矢理目を瞑った。





 東山先生の授業中、私は十八冊目のノートを開いていた。私の紀行はアパイトから止まっていた。最近は井上さんに頼まれ、キャラ達の絵ばかり描いていたからだ。

 こんなに紀行が止まっていた事は初めてだった。

(セルフトピア……私だけの理想郷)

 パラパラページをめくる。ノートはまだ半分以上ある。真っ白な余白に、ミーファ、カイン、アベルの顔が浮かぶ。

(本当……私ってば何であんな事……)

 ふと、視線がある箇所に止まった。こっそりと、隠れるように存在するソレを見て、家ならば握りしめた拳を机に叩きつけていた。

 授業中という現状に、怒りを必死に抑え込める。

 キラキラのラメが入ったオレンジ色のペンで書かれた文字。緑の蛍光ペンで装飾されている。可愛らしい丸文字は、リア充のギャルが良く使いそうじゃないか。

「ディアミケッソ! セルフトピア全体で祝う世界一のお祭り!」

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