世界最大のお祭り!

「ああ~~~、どうしようぉおお~~~」

 机に突っ伏して頭を抱える。

「なーにー? まーだ執筆滞ってるの?」

 ミーファが呆れたように言った。片手には大きなお茶ポッドを持っている。猫の手足にはフサフサの毛が生えている。

「違うのよ~。現……えっと、地元の知り合いとの事!」

「へえ、エリーヌの地元ってどこなの?」

 あ、しまった。

「すっごい東のド田舎の島……。言っても分からないよ」

「ふぅん??」

 コポコポと注がれると、甘いような酸っぱいような香りがふわふわ浮いてくる。

「いい匂い……」

「だろう? これにミントを一枚乗せるとまた良い香りがするんだよ」

 小さな木の壷から一枚、取り出す。柑橘の香りにミントの爽やかさが混じる。一口すすると、口の中でオレンジが爆ぜた。

「本当だ。なんか不思議な味……」

 ミーファが出す紅茶は現実世界には無い味がする。夢で飲食すると味が無いという人がいる。そういう人を私は、ちょっと可愛そうだなと思う。雲の味を知らないのだから。

「で? どうしたの?」

 白い丸テーブルの向かい側にミーファが座る。自身の分の紅茶も淹れて。

 今日のように私以外客が居ない時は、良くこうやって話し相手になってくれた。

「え? なにが?」

「地元の知り合いの事!」

「あ、ああ! そうね……実は私、子供の頃すっごく引っ込み思案で友達らしい友達が全然出来なかったの」

 子供の頃。笑わせる。今も絶賛人見知り中だ。

「だから地元が結構苦手で……。でもこないだ、ちょっと話しかけてくれた子がいたの。それで……どうしようかな、って……」

 ミーファが黙って私を見ている。オレンジ色のバンダナから飛び出た猫耳がピコピコ動いていた。

 やがて、眼をパチッと見開いて言った。

「え? 終わり?」

「あ、うん。どうしようかなぁって……」

「やだよ、もう! あんたって本当訳分からない!」

 小さな牙を見せながら笑う。あっけらかんと続けた。

「エリーヌ、あんたが何を悩んでいるのか分からないよ。その子と仲良くなりたくないのかい?」

「そんな事は無いわ」

「じゃぁ、せっかく話しかけてくれたんだから、仲良くなればいいじゃないか。何が子供の頃さ! 今でも直ってないじゃない!」

 うぐ。辛辣。そして図星。

「でも……自信が無いのよ。知らない人と接するのが怖いの」

「私たちとは普通に話すじゃない」

「ミーファやアベルは友達だもの。でも初めて会う人は怖い」

「良くそれで旅行記なんて書けるねぇ……」

 全くだ。だが、それもセルフトピアの人々は良く見知った相手だからだ。なんせ私が作った。

「まぁねえ……全く分からない話じゃないけどね。私は兄弟が多くてね、子供の頃は各々の友達がひっきり無しにやってくるから、まー賑やかだったよ。知らない人なんて概念すら無かったねぇ。それでも大人になると、見知ってない奴には距離を置いちゃうよ」

「ふぅん。育ちは関係無いのね。なら、どうして人見知りなんてしちゃうのかしら……」

「決まっている。余計な事考えちゃうからだよ」

「余計なこと……?」

 ミーファの髭がしきりに揺れはじめた。ちょっとだけ楽しい時の癖だ。

「互いのメリット、デメリットとか上下関係とか。後は変なレッテル貼り。知らないけど、その人エリーヌとはちょっと違うタイプの人間だろ?」

 耳が痛い。確かに井上さんを妙なスクールカーストに当てはめていた。私と違う階層の人だと。

「……当たってる」

「なら、もうそういうの無し! 子供の頃思い出してごらんよ。その時その時の事しか考えてなかったろ? 人間関係なんて本来そんなもんなのよ」

「うん……でも、やれるかどうかは別かな」

 正直に言うと、牙を見せてケラケラと笑った。

「そりゃね! 人は急に変わらないさ! ま、とにかく最初はちょっと無理して関わってみる事さ。なーに、失敗したって大抵相手はすぐ忘れちまうよ」

 無邪気に笑うミーファの顔が、井上さんと被った。きっと……彼女だって悪い人じゃない。

「あの、ありがと」

 言い掛けた時、ドアのベルが鳴った。山高帽を被った犬の紳士が入ってきた。アベルだ。

 後ろにいつも通りカインが付いて来ている。アベルと対象的なラフなシャツとズボンだ。

「ミーファ。二人、大丈夫かな?」

 帽子をとってお辞儀一つする。優雅な仕草は美しい。カインはきょろきょろと、無遠慮に店を見回す。

「あれ! エリーヌさん、また居るんですね!」

 パクパクと動くカインの口は見ていて飽きない。彼のような人も、対人関係に悩んだりするのだろうか。

「仕事中だったかい? お邪魔かな」

「ううん! 今日は休み! 二人は?」

「再来週のディアミケッソには当然参加するからね。その打ち合わせに来たんだ」

「ディアミケッソ?」

聞きなれない言葉をくり返した。ミーファ、カインそしてアベルまでもギョッとした顔で見つめる。

「エ、エリーヌさん、ディアミケッソ知らないんですか!?」

「ちょっと嘘でしょ?」

 前のめりで二人が詰め寄る。

「いや、え、あはは……何だっけ?」

「創造主への感謝祭! オレ、ディアミケッソのヴァニエー喰うの超楽しみッス! 糖蜜とチーズたっぷりかけたソーセージ!」

 全く覚えが無かった。ディアミケッソ? ヴァニエー? 私はそんなもの書いていない。

「あぁ~……わ、私の地元ではやらなかったかも?」

 今度はミーファが大きな声を出す。

「五大主要国家合同のセルフトピア全体でやるんだよ! どんな田舎だってやらないなんて事あるもんかい!」

どういう事だろう。そんな大きなお祭りなら書いておいて忘れるはずが無い。

「まぁまぁ、人それぞれ事情があるものさ」

 ようやくアベルが助け舟を出してくれた。だが、その眼鏡の奥に光る瞳は、ミーファやカインよりも鋭かった。

 何かを疑っている眼だ。

「エリーヌ、ディアミケッソの日は創造主が降りて来るとされている。降臨祭とも言う。僕たちは飲めや歌えの大騒ぎをして”あなたの作った世界はこんなにも楽しいです”とアピールして感謝するのさ」

「毎年毎年、創造主様は来てくれねぇですけどね! でも、今年はぴったり百年目! 何か起こりますよ!」

 カインがうっとりと頭上に描いた何かを見つめる。きっとヴァニエーとかいう料理だろう。

「……創造主っていうのは五大国家で共通なの? それぞれ宗教は別なのに……」

 その言葉にミーファとカインが固まった。眉をひそめて、何を言っているか分からないという表情だ。

 アベルが眼鏡のつるを持って止まる。

「……創造主と宗教は別だよ。創造主は……もっと世界の土台を、そのものを作った方だ。なるほど、言われてみると確かに、各々と宗教と矛盾した所がある」

 私の言葉をかみ砕くように何度も何度も自分で頷く。

私の発言はよほど不思議だったようで、ミーファが肩をすくめながら苦笑した。

「エリーヌ、あんたってば本当に変わってる」

 アベルが私を、私のそのさらに奥を見つめていた。

「とにかく、ディアミケッソでは盛大に創造主を迎え入れるんだ。エリーヌ、君が参加してくれるなら今年こそ創造主が降臨してくれるかもしれないね」

「そ、そうね! そんなに大きなお祭りならとっても楽しみだわ! ね、ねえ! ヴァニエーの他にどんな食べ物出すの?」

 その問いを皮切りに、ミーファとカインが各々の好みで言い争いを始めた。

 私は上手く話題を逸らせた事に安堵する。

 ポカポカの日差しが、午後ののんびりとした空気を照らしていた。







 目覚ましが、急速に現実世界へと連れ戻す。無骨でうるさいだけの何の面白味も無い音。

「……どういう事?」

 目覚めきっていない頭でぼんやり考えると、そのまま口から出た。

 ディアミケッソ? 学校までの時間はまだ少しばかり余裕がある。セルトピア設定集を引っ張り出し、片っ端から見返す。どこにもディアミケッソなんて単語は無い。パラパラと見ているから、見落とした可能性はゼロでは無い。だが、セルフトピア全体のお祭り? そんな物作っただろうか?

 確かに設定とは違う事が起きる事は多々あった。だが、それは細部に限った事であり、勝手に知らない国や文化が沸いて出てくる事なんて無かった。

 胸騒ぎがした。期待と不安がちょうど半分づつ入り交じる奇妙な感覚だ。

 ふ、と時計を見たらいつも家を出る時間を過ぎていた。

「やばっ!」

 慌てて寝間着を脱ぎ捨てる。朝食も食べず家を飛び出た。

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