5-3

 鴇ちゃんとの練習デートの翌日。

 俺は早速、吉永さんをデートに誘う決心をして学校に赴いた。

 朝から心臓ドキドキの、緊張と暑さで汗がダラダラである。

 俺は校門の前で呼吸を整えていた。

 大丈夫。うまく言える筈だ。なんせ昨日は『吉永さん、今週の日曜日、遊びに行かない?』という台詞を三百回は練習したからな。

 頑張ったんですよ?

「おはよう。不細工」

 後ろから暴言が飛んできたが、振り返らずとも誰か分かる。開口一番の暴言、そんなことをするのは雲雀に決まっている。

 振り返る。ほら見ろ。

「誰かと思えば、夜鷹くんと青春真っ盛りな雲雀ちゃんじゃねえか」

「うっさい! 死ね!」

 雲雀は親指を地面に向ける仕草で応じる。

 よく朝から怒れるな。元気なのは良いことだけど。

「で、どうなの? 誘えた?」

 近くまで歩いてきた雲雀は、覗き込むようにして見上げてくる。

「焦んなよ……。今日誘うから見てろよ」

「ふーん……。せいぜいヘタレしないように気を付ければ?」

「余計なお世話だ」

 俺たち二人は校門をくぐって、校舎へ向かう。

 下駄箱で靴を履き替えようとしたところで、俺の目に入る金髪の後姿。

「吉永さん! おはよ!」

 俺はその後姿に声を掛けた。

 吉永さんはピタリと足を止めた後、首だけ半分振り返った。しかし、特にリアクションを返さずに歩き去っていく。

「…………」

 あれ? 今、俺の声届いてたよな?

 ひょっとして、無視された?

「あんた、またなんかやらかしたの?」

「いや……。心当たりがないんだけど……」

 たぶん、俺の声が聞こえなかっただけだろう。

 意図的にスルーされたわけじゃない、よな?

 後でもう一度、声を掛けてみることにしよう。



 事実を確かめる為に俺は教室に入って早速、吉永さんの席に向かう。

 彼女はいつも通り、席について分厚い本を広げていた。

 俺はそこへ使付いて行き。

「吉永さん、おはよう!」

 至近距離からの挨拶。俺の言葉は、今度は確実に吉永さんに届いた筈だ。

「…………」

 しかし、彼女からは返事が返ってこない。それどころか、目も合わせてくれない。吉永さんはずっと本に目を落としたままだ。

「おーい」

「…………」

「吉永さーん?」

「…………」

 俺、これ知ってる。無視ってやつだ。

 しかし、俺は多少無視された程度ではめげない。なんせ、三か月前まではずっと相手にしてもらえてなかったからな。慣れっこである。

 ……あれ? でもこれ、冷静に考えると振り出しに戻ったってことか?

 そう考えるとなんだか辛くなってきたぞ。

 それに、経験則的にこれ以上しつこく話し掛け続けることも得策ではなさそうだ。

 なんというか、超えてはいけない一線があるのだ。それを超えると、容赦なく手が出てくるから恐ろしい。

 あまり、痛い思いはしたくないからね。

 もう少し時間を置いてみることにしよう。



 吉永さんと一言も話せないまま昼休みに突入した。

 こんなに長い時間吉永さんと言葉を交わさなかったのは、おそらく二年生になって初めてのことだと思う。普通に辛い。

 なんとか吉永さんの気を引くために、俺は彼女の前でひたすら変顔をしていた。

 白目剥いてみたり、頬をつまんで引っ張ってみたり、口を窄めてみたり。色々やった。

 気の引き方が小学生レベル、だって?

 言ってくれるな、自覚はある。

 たとえ、他人にそんな風に思われたとしても、俺はなんとかして吉永さんと会話がしたいんだ。

 しかし、吉永さんはリアクションするどころか、目線を上げもしない。徹底的に俺のことを無視している。もう既に心が折れそうだ。

 だが、俺の心が折れる前に、変顔コーナーは終わりを迎えた。

 理由は単純である。吉永さんは筆箱の中からシャーペンを一本取り出したからだ。

 あくまで視線は本に注がれたまま。表情一つ変えずに凶器を手にした吉永さんを見て、俺はこれ以上の行動は危険を判断。

 降参を表わすように両手を上げてゆっくりと後退った。戦略的撤退。

 今日はどうやら、吉永さんはご機嫌斜めなようだ。

 あともう少しだけ、時間を空けてから話し掛けてみることにしよう。



 六時限目の授業終了のチャイムが鳴り響き、教室は途端に騒がしくなる。

 俺は今の授業で解らなかった数学の問題を、吉永さんに聞くために彼女の席へと向かう。

 吉永さんは最近よく、俺が授業で解らなかった所を教えてくれていた。それもほぼ毎日、嫌な顔一つせず、根気良く。

 だから、きっと今日も答えてくれる筈である。

「吉永さん、さっきの問題なんだけど――」

「あ。早く保健室の掃除行こう」

 俺の発言を遮る形で、吉永さんはクラスメイトの女子に話し掛けた。

 俺に見向きもせず、横をすり抜けて放課後の掃除に向かってしまう。

「…………」

 これは、もう。確実に、それも意図的にスルーされている。

 できるだけ考えないようにしていたが。ひょっとしてこれは、嫌われてしまったのでないだろうか。

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