5-2
「俺とデートしてくれ!」
次の日の放課後、俺は早速実行に移す。
「え? 私ですか?」
なんてことができるわけもなく。
俺は鴇ちゃんにデートを申し込んでいた。
困惑した様子の鴇ちゃんに、俺は事情を説明する。
「今度、吉永さんをデートに誘おうと思ってるんだけど」
「ダメです!」
言うと思った。
吉永さんというワードが出た瞬間、腕を使って胸の前でバツ印を作って拒否を示す。
とりあえず無視することにした。
「でも、俺。今までデートなんてしたことないから、その練習がしたくて」
「金糸雀先輩とデートなんて、許しません」
本当はこういう面倒くさい話になりそうだったから、鴇ちゃんには頼みたくなかったんだけど。こんなことを頼める気の置けない女友達は、雲雀か鴇ちゃんしかいない。
雲雀はダメだった。だから、仕方なしにこのお馬鹿後輩に頼んでいるわけである。
「この後でいいから付き合ってほしいんだけど、ダメか?」
「いいですよ? でも、金糸雀先輩とデートに行くのはダメです」
「お、マジか。さんきゅー! 早速行こうぜ」
「先輩? さっきからちゃんと私の話聞いてますか?」
「え? 練習に付き合ってくれるんだろ?」
「ほら! 自分に都合の良い所しか聞いてないじゃないですか!」
怒りを露わにする鴇ちゃん。
これ以上適当に誤魔化すことはできなさそうだ。
路線変更だ。俺は正直に鴇ちゃんに頼み込むことにする。
「そこをなんとか……。ね?」
「ダメです。花鶏先輩が金糸雀先輩をデートに誘うなんて、百年早いです」
お前は俺たちの何なんだよ。
腕を組んでそっぽ向いた鴇ちゃんは、その頑なな態度をなかなか崩してくれない。
俺は顔の前で手を合わせて何度もお願いする。
「お願い!」
「許しませんよ?」
「頼む!」
「ダメなものはダメです」
「この前行きたがってた、あの喫茶店に連れて行ってあげるから!」
「…………だ、ダメです!」
今、ちょっと揺れたな。
もう一押しと言ったところか。
「好きなの頼んでいいよ、奢ってやる」
「し、仕方ないですね……。そこまで言うなら協力してあげます」
腕組みを解いて、態度と表情を柔らかくする鴇ちゃん。
ほんと、後輩がチョロくて助かった。
あくまで『仕方なく承諾しました』みたいな態度を崩さない鴇ちゃんだが、その目はキラキラ輝いており、食べ物に釣られたのが容易に理解できた。
「仕方なく、ですよ!? これは先輩のしつこさに根負けしてしまっただけで、別に食べ物に釣られたわけじゃないですからね?」
「せめて、そのヨダレは拭いてから言い訳すれば?」
「これは汗です!」
「そんなところから汗出ねえわ」
「そんなことはどうでもいいんです! 早く行きましょう!」
ケーキが私を呼んでいます、とか叫びながら、鴇ちゃんは駆け足で校門まで向かう。
俺はその背中を追いかけた。
「そうだ、花鶏先輩」
「どうした?」
振り返った鴇ちゃんは何か思い出したような様子で、俺のところに駆け戻ってくる。
「私は厳しいですよ? 金糸雀先輩とデートするんでしたら、かなり高レベルなデート能力を有していなければいけません」
「デート能力?」
「ビシビシ指導していきますから、覚悟してください!」
俺に向かってビシッと指を突き付ける鴇ちゃん。良いドヤ顔、いただきました。
腹立つけど、雲雀のドヤ顔よりは全然可愛げがあるので許してやるとしよう。
「お手柔らかにお願いしますね……」
「では……。出発です!」
「おー」
「ブッブー!」
と。出発の掛け声に応えた俺に向かって、鴇ちゃんは指でバツマークを作って迫ってくる。
「クイズゲームの途中だったっけ?」
「違います。早速減点です、先輩」
「は?」
「今回の練習デートは、先輩がデートに相応しくない発言や行動を取るごとに減点していくシステムでございます!」
いつ導入されたんだよ、そんなシステム。聞いてないんだけど。
「で? 今のはどこが悪かったんだ?」
「やれやれ。そんなことも分からないから先輩はいつまで経っても童貞なんですよ」
「言葉を慎めよ」
「いいですか? いざデートが始まるって瞬間に、今みたいなローテンションは絶対にNGです。テンションが低かったら、『これからデートなのに、ノリ気じゃないのかな?』という印象を相手に与えてしまいます」
「まあ、一理あるな」
「始まりが肝心なんです。先輩にはこれからデートするぞっていう熱意が全く感じられませんでした」
「じゃあ、どうするのが正解だったんだよ」
「『出発です!』に対して、『ぅおおおッッッしゃあああぁぁぁあああッッ!!』くらいの掛け声は必要でしたね」
周りへの配慮を考えず、全力で絶叫する鴇ちゃん。その大声が校舎の壁に跳ね返って夜の校内に響き渡る。
さすが空手部。見事な雄叫びだ。
お前、さては前世はゴリラだな?
「では、先輩。さっきのところからもう一度やり直しますよ?」
「分かった」
構える。
「では……。出発です!」
「ぅおおおッッッしゃあああぁぁぁあああッッ!!」
俺は鴇ちゃんにも負けない大声で叫んだ。俺も運動部の端くれだからな。声は出るぞ。
「いいですねぇ、先輩! 行きますよッ!」
「うおおぉぉぉぉおおおおおおッッ!!」
二人テンションマックスで、校門を出る俺たち。
なんだか楽しくなってきたぞ。これがデート能力の一つというわけか。
流石だぜ、鴇ちゃん。
吉永さんとデートするときには絶対に使わないぞ。
「ブッブー、です!」
「今度は何かね」
まだ校舎を出て五メートルほどしか歩いてないんですけど。
「どうして先輩は先々歩いて行っちゃうんですか!?」
「そりゃお前、並んで歩いたら他の人の邪魔だろ」
「ほんと馬鹿ですね」
鴇ちゃんは信じられないものを見るような目で、俺を見上げてくる。
今日だけで、俺はいったい何度お前に馬鹿にされなきゃいけないんだ?
「並んで歩かないと、話しかけることもできませんし、手を繋ぐこともできませんよ?」
痛い所を突いてくる。
確かに、隣を歩くことによって、コミュニケーションやスキンシップの幅は格段に広がるに違いない。
「でも……。あんまり周りの人には迷惑かけたくないしな……」
「甘いですね、先輩」
ふっふっふ、と。不気味な笑い声が聞こえてくる。
「先輩ができるだけ後ろに気を配って歩けばいいんですよ。それで、邪魔になりそうになったら金糸雀先輩を抱き寄せて、道を空ければいいんです!」
「つまり?」
「並んで歩いてデートできるし、合法的に金糸雀先輩に抱き着けます」
その言葉を聞いて、俺の全身を衝撃が駆け抜けた。
「天才か……ッ!!」
鴇ちゃんの素晴らしいデート能力に戦慄する俺。
千年に一人の逸材かよ。
「天才ですよ。ようやく気が付きましたか」
このテクニックは使わせてもらうわ。
色々と話しているうちに、俺たちは駅前までやってきた。
鴇ちゃんが行きたがっていた上品な喫茶店は、吉永さんがバイトしているメイドカフェの近くにある。
この前のメイドカフェの帰りに『今度はここに連れてきてください』と言われていたのだ。
まさか本当に来る羽目になるとは思っていなかったが。
吉永さんはいないかな。なんて考えて、チラッと横目にメイドカフェを除いてみた。だが、店内に目立つ金髪のメイドさんは見受けられなかった。
メイドカフェの前を通り過ぎて少し進んだところで、俺たちは目的地に到着する。
「やっぱり、なんだか高そうな店だな」
「オシャレですよね」
興奮する鴇ちゃんは目をキラキラと輝かせており、心無しか口調もどこか弾んでいる。
店の外観は茶色など落ち着いた色で統一された、シックな雰囲気だった。
「早く入りましょうよ」
「そうだな」
玄関の引き戸を引くと、ベルの音が店内に響き渡る。
その後。
コーヒーの良い香りと静かで落ち着いた雰囲気に包まれた店内で、俺たちは放課後のティータイムを満喫した。
今回のデート。結論から言うと、鴇ちゃんとデートしてみて有益な情報はほとんど得られなかった。
加えて、鴇ちゃんが高いデザートを大量に頼むもんだから財布の中身がスッカラカン。
デメリットの方が遥かに大きい練習デートだった。
しかし、悪いことばかりでもなく。俺のデートに対する緊張が少しは和らいだ気がする。
というか、そうでも思わないとただ散財して帰ってきただけになってしまうから、そう思わざるを得ない。
まあ、楽しかったのは認めるけど。しばらくは鴇ちゃんと遊びに行きたくねえな。
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