五章 最大のピンチ!?

5-1


「ねえ、花鶏」

「なんだよ?」

 学校の帰り道。

 偶然下校時刻が重なり、雲雀と一緒に帰っていた。

 彼女は俺の幼馴染で家も近所だ。時間が重なれば一緒に下校するという流れになるのは、別に珍しいことではない。。

 その雲雀が真剣な口調で切り出してきたので、俺は自然と身構えた。

 こいつが俺に向かって真面目な話をするときは、大抵予想もしない言葉が飛び出してくる。故にあらかじめ身構えておく必要があるのだ。

 さて、今回はどんな予想外の言葉が飛んでくるのだろうか。

「そろそろ、金糸雀ちゃんに告白したら?」

「…………」

 俺はその言葉の意味を理解するのには少々の時間を要した。

「は!?」

 予想の遥か上を行くぶっ飛んだ発言に、俺は素っ頓狂な声で応じる。

「なんだお前。変な物でも食ったのか?」

「違うわよ!」

「その……。あんたには、夜鷹との間を持ってもらった借りがあるじゃない……? だから、今回は私があんたに……、協力してあげようと思っただけ……」

 後半になるほど、恥ずかしさからか徐々にしおらしくなる雲雀。

 モジモジすな、キャラがブレブレだぞ。

「気色悪いな」

「うっさい!!」

 そうそう。それくらい元気があった方がいいよな、雲雀は。

 まあ、そんなこと死んでも口に出さないけど。

「で。そっちの要求はなんだ?」

「要求?」

 俺の言葉に首を傾げる雲雀。目をぱちくりと瞬かせる。

「え? 無償なの?」

 表情をみるに、こいつは本当に善意で俺の手伝いをしてくれるつもりのようだ。

「なんだか気味が悪いな」

「あんた。その歯に衣着せぬ物言い、なんとかならないわけ?」

 雲雀は目尻を吊り上げて怒りを露わにする。

「別に見返りなんて求めてないわよ。本当にあんたに協力してあげようと思っただけなんだから……」

 なんか、怪しいなぁ。

 長い付き合いだから分かるんだが。悪意は無いにせよ、なんとなく裏がある気がする。もちろん、ただの勘だが。

 案外、その勘が馬鹿にできない。この提案に飛びついていいものか。

 それに、俺はまだ吉永さんに告白するつもりはない。

 これは決して、ヘタレしてるとか、そういう理由じゃないぞ。

「告白は、まだいいかなぁ……」

「なんでよ? 好きなんでしょ、金糸雀ちゃんのこと」

「だからこそ、だよ」

「はぁ?」

 理解できない、といった様子で問うてくる雲雀に、俺は言葉を続ける。

「まだ、そのときじゃないってこと。今はまだダメ」

「どういうこと?」

「俺らってまだ、学生だろ? こんな不安定な状態で、吉永さんの恋人なんて務まるわけがない。立派な社会人になって、働き口も見つかって収入も安定して、貯金もそこそこ貯まってから、改めて結婚を前提にお付き合いを申し込む」

「重いわよ」

 雲雀は俺のプランを一蹴する。

 不快そうに表情を歪める雲雀は、信じられないものを見るような目で俺を見た。

「学生同士の付き合いに『結婚を前提』とか、重過ぎるわよ。馬鹿なの?」

「俺の愛は重いぞ」

「せめて、『深い』とかにしておきなさいよ! ていうか、その間に気持ちが冷めちゃったらどうするのよ」

「俺の愛は深いぞ! このまま残りの人生、ずっと愛し続ける自信がある!!」

 拳を握って力強く宣言する。

 この気持ちが冷めるなんて、ありえない。

 俺のテンションの上昇に反比例して、雲雀は急激に元気が無くなっていった。

 大きな溜息をついた雲雀は、諭すように静かに言葉を紡ぐ。

「向こう側の気が変わっちゃったら?」

「吉永さんの?」

 それは、なんだ?

 今は俺のしつこい求愛行動に付き合ってくれているけど、そのうち相手にしてくれなくなったら、どうするのかってことか?

「それは、困るな」

 それは非常にマズい。付き合うとか、好きになってもらうとか、そういう次元の話じゃなくなってくる。

 首吊りモンだぜ、そんなん。

「でしょ? だから、早めに勝負に出るべきなのよ」

「うーむ……。でも、告白はなあ。勝算が無さ過ぎるというか……」

 フラれて、話辛くなるのも嫌だし。

 それでいてまだ、フラれたことに構わず、あんな態度とれるほど強靭な精神力は持ち合わせていないし。

「あんたねえ……」

 煮え切らない俺の反応に苛立ちを覚え始めたのか、雲雀の表情が険しくなっていく。

「じゃあせめて、デートに誘うくらいはしてみたら?」

「デート、ねえ……」

「したくないの?」

「したいにきまってるだろ!」

「じゃあ誘えばいいじゃない」

「しかしだな。ちょっと問題があって」

 自慢できることじゃないが、俺は今まで異性と付き合ったことがない。ついでに言うとデートしたこともない。

 あ。でもこの前、鴇ちゃんとしたか。あれをデートと呼べるかは知らんけど。

 とにかく、高校二年生になるまでそういった経験が皆無な俺は。

「何したらいいか、分からん」

「ちょっとは自分で考えなさいよ」

「うーん。そうだな」

 今の俺には圧倒的に経験が足りない。この状態のままデートに行くのは得策とは言えない。

 だからまずはデートスキルを習得する必要がありそうだ。

 手っ取り早いのは、経験者に教えを乞うことである。

「よし、雲雀。ちょっとデートの練習に付き合ってくれ」

「馬鹿じゃないの? 絶対いや」

 協力してくれるんじゃなかったのかよ。

「あんたね。私と夜鷹の仲が進展しないとか、うるさく口出ししてきたくせに、いざ自分のことになったら滅茶苦茶ヘタレじゃない! それくらい自分でなんとかしなさいよ!」

「それを言われると、返す言葉もございません」

「とにかく!」

 いつの間にか雲雀の家の前まで来ていた。

 雲雀は家の玄関を開けて、最後にこっちを振り返る。

「今週中にちゃんとデートに誘うこと」

「猶予一週間かよ」

 俺の反応を聞くことなく、雲雀は言いたいことを一方的に言った後扉を閉めた。

 取り残された大きな溜息をつく。

 まさかこんな事態になると、誰が予想できただろうか。

 しかし、こうなった以上腹を括るしかなさそうだ。

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