4-2

「ありがとうござっしたー!」

 バカップルの会計を終え、俺は居酒屋特有の挨拶で二人を店の入り口で見送った。

「ごちそうさま。おじさんとおばさんにもお礼伝えておいて」

「ありがとなー。皿洗い頑張れよ」

 そう言葉を残して、二人は仲良く店から出て行った。

 できれば、もう二度と来ないでほしいね。

「さて……」

 現在の時刻は午後六時半。店内に客は居ない。

 ピークまでまだ少し時間はあるが、今のうちに片付けと掃除を済ませておいた方がいいだろう。

 俺は食器を下げて布巾でテーブルを拭く作業に入る。

 一通り作業を終えたところで、入り口の引き戸が開かれる音がした。

「いらっしゃいませー!」

 出迎えると、そこには一組の夫婦の姿。

 長身で目付きが鋭い中年の男性と、ナイスバディで人の好さそうな中年の女性の夫婦だ。

「二名様ですか?」

「いえ、三人です。後から一人、娘が来ますので……」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 そう言って俺は、二人を座敷へと案内する。

「当店は初めて……、ですよね?」

「そうなんです」

 女性が応じてくれる。愛想の良い、素敵な奥さんだ。

「前から行ってみたいって話していたんですよ。ね、貴方?」

「うむ……」

 対して旦那さんの方は無口で、目付きが怖い。

 なんだか、おっかないな……。

「ごめんなさいね? 愛想の無い人で」

「いえいえ」

 愛想の無い人との関わりは慣れてますので、問題ないです。

「こんな感じですけど、実はここに来るのを凄く楽しみにしてたんですよ。ね、貴方?」

「うむ……」

 奥さんの言葉に短く頷いた旦那さん。

 夫婦の相性バッチリといったところか。

「ありがとうございます。色々サービスしますので、是非贔屓にしてください」

「こんなイケメンの若い店員さんがいるなら、通っちゃおうかしら」

「綺麗な奥さんが常連になってくれたら、うちとしても万々歳ですよ」

「やだ。見る目あるわねぇ」

「奥さんこそ」

「「あっはっは!!」」

 談笑する俺と奥さん。

 まだ出会って一分も経っていないが、これだけ会話に応じてくれるお客さんはありがたい。

 無口なお客さん相手だと、こっちも余計な気を遣ったりしなくちゃいけないから、はっきり言って面倒なのだ。

 さて、雑談はこれくらいにして。

「お通しお持ちしますので、少々お待ちください」

 そう告げて、俺は店の奥まで引っ込む。

「親父ー。お通し三人分ー!」

 キッチンに向かって叫ぶと、「おう」という短い返事が返ってくる。

 親父が調理に取り掛かっている間、俺は皿を出して並べ、コップにお冷を淹れる。

 その作業の途中、店の引き戸が開く音がした。

「いらっしゃいませー!」

 今手が離せないので、とりあえず挨拶だけ飛ばしておく。

「あ、きたきた。こっちー!」

 さっきの奥さんの声。

 想像するに、きっと後から来ると言っていた娘さんがやってきたのだろう。

 早く席まで行って注文を聞かなければ。

「おい、できたぞ」

 そこでタイミング良く親父の声。

 俺は出来上がったお通しとお冷、取り皿をお盆に乗せて店に出る。

「お待たせ致しまし……、た!?」

 俺はそこで信じられないものを目にした。

 目に入ったのは一人の少女の姿。

 毛先が刎ねた癖のある金髪と切れ長の目。女性にしては高い身長とメリハリボディ。

 しかも、今日は私服だ……!

 細身のジーンズに淡い色のシャツという簡単なスタイルなのに滲み出る色気が半端ねえ。身体のラインがよく見えて、目に毒である。

 結論、最高に可愛い。

 俺を視界に捉えた瞬間、彼女の表情がみるみるうちに険しくなっていく。

 彼女の名前は吉永金糸雀。俺が恋い焦がれる少女だ。

「よ、吉永さん!? どうしてここに?」

「……。母さん、やっぱりこの店やめておこう」

「ちょっと!?」

 眉間に皺を寄せた彼女は、驚く俺を完全に無視した。

「どうしたの、金糸雀。さっきまではあんなに行きたがってたのに」

 キョトンした顔で、奥さん……吉永さんのお母さんが応じる。

「え。吉永さんうちの居酒屋来てみたかったの? 言ってくれればよかったのに」

「お前が居るって知ってたら、絶対に来なかったっての」

 そんなに嫌かよ。

「あらあら。店員のお兄さん、もしかして……?」

 俺と吉永さんのやり取りを見ていたお母さんが、俺の顔をまじまじと見つめて何か言いたそうにしていた。

 その疑問に答えるために、俺は満面の笑みを浮かべ。

「彼氏です」

「違うだろ」

「やっぱり! 彼氏さんだったのね!」

「違うっつってんだろ」

 俺の発言も、お母さんの発言もソッコーで否定する吉永さん。

 もう少し希望を持たせてくれてもいいんじゃないですかね?

 そんなに拒絶されると地味に傷付くんだけど。

「ただのクラス友達だっての」

「!!?」

 今なんつった!?

 今の吉永さんの発言。彼女は何気なく言った一言なのだろうが、俺にとっては衝撃的で狂喜乱舞するくらいには嬉しい内容だった。

 ついこの前までは、『知り合い以上友達未満』って言われていたのに。

 この短期間で友人までランクアップしたってことは、恋人まで発展するのにもそこまで時間は掛からないとみた。やったぜ。

「あらら、彼氏じゃなかったの。残念」

 本当に残念そうに目尻を下げるお母さん。

 そんなに寂しそうな顔しないでください、お母さん。

「いずれは告白して彼氏になるので、ご安心ください」

「今ここでフッてやろうか?」

「心折れるからやめて!!」

 涼しい顔してなかなかえぐいこと言うね。

 そんなことされたら不登校になるよ?

「っと、すみません。こんな話、いつまでも続けてちゃダメでした」

 我に返った俺は、お盆に乗ったお冷とお通しをテーブルに並べる。

「お冷とお通しです。先にドリンクから注文お伺いします」

「麦茶一つと……。あなたは生中でいいわよね?」

 頷くお父さん。本当に無口ですね。

 なんとなくだけど、お父さんは雰囲気が吉永さんと似ている気がする。

 似ているのはそれだけじゃない。切れ長の目とか、高身長なところとかもそうだ。どうやら吉永さんは父親似らしい。

 あ、でも、おっぱいはお母さん似かな。おっきいし。

「金糸雀は何飲む?」

「メニュー見せて」

 メニューを眺める吉永さんの姿を見て、俺はふとあることを思い出した。

「イチゴ牛乳」

「は?」

「イチゴ牛乳、あるよ? 好きでしょ?」

 メニューには載ってないが、お酒を作るときに使うことがあるから、うちの店には常備されている。

 少しの沈黙の後。吉永さんは不機嫌そうな顔で、ゆっくりと一度だけ頷いた。

「じゃあ、それでお願い……」

 その拗ねたような態度も可愛い。

「かしこまりました!」

 あまりの可愛らしさに、俺の顔は意識しない内に笑顔になる。

 それが気に食わなかったのか、吉永さんは更に露骨に表情をしかめた。

「もう、金糸雀ったら……。もっと素直に喜んだらいいのに」

「母さんは黙ってて」

「いいんですよ、お母さん。吉永さんの気持ちはちゃんと俺に伝わっていますから」

「さすがにキモい」

 うん。俺も口にしてからそう思ったわ。ちょっと反省。

 そんな話をしていると。

 引き戸が開く音が響き、途端に店内が騒がしくなる。どうやら、常連さんたちがやってきたようだ。

 これからは忙しくなる。名残惜しいが、吉永家とのお話の時間はここまでのようだ。

「すみません。そろそろ仕事に戻りますね」

「あらぁ、残念。でも、楽しかったわよ。えー……と……」

「山田です、山田花鶏」

「花鶏くん。可愛い名前ね」

「ありがとうございます」

「はい、これ。よかったら」

 そう言ってお母さんは一枚の紙きれを差し出してくる。

「なんですか、これ?」

「私の連絡先。またお話聞かせてね?」

 まさかのお母さんの連絡先ゲット!

「お願いだからお母さん。いい加減にして……」

「喜んで!」

「お前も受け取るな!」

 お母さんの連絡先を受け取った俺は、席を後にする。

 まさか吉永さんよりも先に、お母さんと連絡先を交換することになるとは思わなかったが。

 この出来事で、吉永さんとの仲も少しは進展した……、かな?



 あのあとすぐに店の方が忙しくなり、あまり吉永家の皆さんと話すことができなかった。

 俺は今、彼女らを見送っている。

「またお願いしますね」

 是非また来てほしい。

「ありがとう。また来ますね」

 笑顔で応じてくれる吉永さんのお母さん。

 素敵だ。義母にしたい。

「…………」

 しかし、肝心の吉永さんは不服そうだ。

「そうだ……。花鶏君」

「なんですか?」

「君になら安心して任せられる……。娘を、頼みますね……!」

 俺はその言葉に力強く頷いた。

「必ず幸せにします……!」

「本人置いてけぼりで、そんな大事な話勝手に進めないでくれる?」

「よろしくね!」

「お母さん。お願いだからもう黙って」

「花鶏君、私からもお願いするよ……」

「父さんもやめて!」

 今まで沈黙を貫いてきたお父さんも乗っかってきた。見た目はおっかないけど、ノリの良いお父さんだ。義父にしたい。

 そんなやり取りを何度か繰り返した後、吉永一家は帰っていく。

 俺は三人の背中を見送った。

 同時に俺は決意する。

 俺、絶対吉永さんと結婚しよう。


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