四章 両親にご挨拶
4-1
世間は今、ゴールデンウィークだ。
この一週間の休み、学生にとってはとてもありがたい大型連休である。
うちのサッカー部は、顧問の佐藤監督の都合でゴールデンウィーク中は練習が休みだ。
部員たちはこの貴重な休みを、羽を伸ばすのに使ったり、どこか遊びに行くために使ったりしているのだろう。
皆、個人差はあれどこのゴールデンウィークを満喫している筈だ。
しかし、俺はこの例に当てはまらない。
俺の実家は居酒屋を営んでいる。
実家が飲食店の学生の皆になら分かってもらえると思うんだが、居酒屋の子供ってのはどえらい低賃金で店の手伝いをやらされることが多い。
俺もその例に漏れず、最低賃金を遥かに下回る時給でほぼ毎日手伝わされている。
この前、一か月分の給料と働いた時間を計算したら、時給二百円だった。
もうブラック企業とかそういうレベルじゃねえぞ。その辺の自動販売機で釣銭探す方がよっぽど金になるわ。
と、まあ。色々と文句を言ったが。
ここの仕事、実はそんなに悪くない。
小さな居酒屋なので滅茶苦茶忙しいわけでもなく、やってくるお客さんは大抵常連さん。割と自由だし、仕事帰りのおっさん達と話すのは案外楽しい。
それに俺は部活ばかりでこれといった趣味がないから、家では基本的に暇している。
だから、この仕事が嫌で仕方がないというわけでもなく。どっちかといえば楽しんでやっている方だった。
「おーい。店員さーん!」
しかし、今日の場合は話が別だ。
「花鶏さーん!」
俺を呼ぶのは、居酒屋に来るには若過ぎる男女。
そちらに視線を投げると。俺の親友、朝凪夜鷹と幼馴染、新田雲雀の姿。この二人は度々、この居酒屋に顔を出す。
はっきり言って、俺にとっては迷惑極まりなかった。
「はいはい。お呼びでしょうか」
「さっさと来なさいよ。遅いわよ、あんた」
俺が席の方に向かうと、悪戯っぽく笑う雲雀の顔が目に入った。
あー、腹立つー。
「注文、早くとりなさい」
「雲雀。お前は『お客様は神様だ』とか思ってるタイプの人間だろ。それは改めないと、将来苦労するぞ?」
「お、思ってないわよ、そんなこと! 店員があんただから、コキ使ってやろうとしているだけよ!」
「それはそれで質が悪いですね」
俺にもちゃんと優しくして。貴重な幼馴染だぞ。
「おい、夜鷹。お前も黙ってないで何とか言え。彼氏だろ」
「え? うーん……」
メニューと睨めっこしていた夜鷹が、俺の呼び掛けに反応して顔を上げる。
「ま、いいんじゃね? 花鶏だし」
「え、いいの!?」
お前はちょっと彼女に甘過ぎるぞ。
「花鶏相手なら、別に何したって許されるだろ」
「まあ、花鶏だしね」
「お前ら……」
お前らバカップルは本当に俺のことが好きだな。
一回三人で付き合ってみるか?
「で、注文なんだけど」
「はいはい……。どうぞ」
「この刺身と唐揚げ、追加で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
俺はメモに注文を書いて、その場を離れようとしたところで。
ふと前から気になっていたことを思い出してたので、聞いてみることにした。
「お前らって、デートのときはお金どうしてんの? 割り勘?」
「いんや? 基本的に俺が出してるけど」
「やっぱデートじゃ、男が奢るもんなのか……」
男は金が無きゃデートもできないのか。なかなか生きにくい世の中になったもんだぜ。
「花鶏、お前は今重大な勘違いをしている」
「は?」
夜鷹の指摘に俺は眉を顰める。
「いいか? 女の子ってのは、身だしなみにお金を掛けてしまうものなんだ」
「ほむ」
「つまりデートの準備段階で、既にお金を出してしまっている状態というわけだ」
「ああ、言いたいことは分かったわ」
「つまり、デート代くらいはこっちが出さないと全く出費が釣り合わない。というか、むしろそれでも安過ぎるくらいだ!」
「なるほど。それは納得だな」
今日もそうだが、確かに夜鷹とデートしているときの雲雀は普段よりも少しだけオシャレに見える。気がする。
覚えておくよ、その豆知識。
「ところで、俺としてはここの御代もちゃんと払ってほしいんだけど?」
「それは……。親友だからいいじゃん?」
「都合の良いときだけ親友呼ばわりしてんじゃねえよ!」
うちの居酒屋は、知り合いや親しい人間には御代をまけることがよくある。
雲雀や夜鷹もその対象で、この二人には商品を半額で提供しているのだ。
別にそれだけだったら大して問題ではないのだが、うちの両親はその分を俺のタダ働きで賄わせようとするもんだから、正直たまったもんじゃない。
皿洗いに店の掃除、洗濯。これら一連の仕事を友人の飲食代の為にこなすなんて、これほどバカバカしいことはない。
「いいじゃない。どうせ暇なんでしょ?」
「なんだと?」
横から首を突っ込んできた雲雀が嘲笑を浮かべる。
こいつは本当に腹立つ顔してやがんな。
「家の中じゃ大好きなサッカーはできないし? 彼女もいないしね?」
「…………」
「金糸雀ちゃんの連絡先も知らないから、メッセージも送れないんでしょ?」
「…………」
「あっはっは! 憐れね!」
「殺す……ッ!」
俺は拳を握り締めて、高笑いする雲雀に向かっていく。
「お、おい。待て待て!」
俺を止めようと、慌てて夜鷹が身を乗り出してきた。
だが、俺は止まらない。こいつにグーパンしてやらないと気が済まねえ。
「許してやってくれ」
「ダメだ。こいつは、今ここで……、殺す……!!」
その減らず口、二度と叩けないようにボコボコにしてやる。
「聞けって。雲雀の奴、最近お前が吉永さんにばっかり話し掛けるから。寂しいんだよ」
「ちょっ!? 夜鷹!?」
「なに?」
夜鷹の暴露で、雲雀は激しく狼狽した。顔を真っ赤にして、手をブンブンと大袈裟に振る。
その様子を見ている感じ、どうやら本当の話のようだ。
「なんだよ。それなら最初からそう言えばいいのに」
「そ、そんなわけないでしょ!? あんたのシケた面見なくて、ほんっとうにせいせいしてるんだから!」
「今は何を言っても照れ隠しにしか聞こえないぞ?」
「~~~~~~~~~~~ッッ!」
真っ赤な顔のまま、悔しそうに歯を食いしばる雲雀。何か弁明しようと必死に口をもごもごさせる。しかし言葉が出てこなかったのか、諦めてそっぽ向いた。
「もういいっ! ばか!」
「あ、拗ねた」
全く、可愛い奴だ。
さっきの失礼極まりない発言も、今回のところは許してやるとしよう。
ただ……。
「ごめんって……。許して、雲雀」
「夜鷹なんて知らないもん……」
「…………」
「ほんとごめん。この通り……!」
「もう……。仕方ないなぁ……」
「…………」
俺の目の前でイチャつくの止めてもらえませんかね?
俺、置いてけぼりになってるんですけど。そういうのは、頼むからよそでやってくれ。
さて。それじゃあ、邪魔者はとっとと消え失せるとしますか。
末永くお幸せにー。
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