3-6

「お待たせしました」

 再び、お盆にデザートを載せてやってくるメイド吉永さん。

「『プルプルパフパフプリンアラモード』と『甘酸っぱい初恋のパフェ』でございます」

「私です! 金糸雀先輩!」

 もう既にパフェを半分食べ終えた鴇ちゃんが、待ってましたと言わんばかりに手を挙げる。

「お前、またこんなに甘いものばっかり頼んで……」

 呆れ顔で、鴇ちゃんの暴食っぷりを指摘する吉永さん。

「こんなに食ったら太るぞ」

「大丈夫です!」

「また中学のときみたいに肉がついて、本気でダイエットしなきゃいけなくなるぞ」

「ちょ!? 花鶏先輩の前でやめてくださいぉ……」

 突然の暴露に、鴇ちゃんは急にオロオロし始めた。恥ずかしそうに両手で顔を覆う。

 仲良さげに会話する二人を見て、俺は喜びを噛み締めた。

 どこかいつもより柔らかい表情の吉永さんと、喜怒哀楽がはっきり表れる鴇ちゃん。性格は真反対の二人だが、俺には仲の良い姉妹のように見えた。

 この素晴らしい光景、国宝並み。国を挙げて保全しようぜ。

「そういえば……」

 ふと、気になっていたことを思い出して。俺は何気なくその疑問を口にした。

「吉永さん、なんでメイドカフェなんかで働いてんの?」

 疑問に対して、彼女はキッと俺を睨んで答える。

「悪い……?」

「悪くはないんだけど……。意外だったというか」

「まあ、それは当然の疑問ですよね」

 鴇ちゃんも同調してくれる。

 吉永さんは俺から視線を外して。

「時給が良かったからだよ」

 ぼそりと小さな声で呟いた。

「なるほど、確かに高そうだもんね」

 メイドカフェでバイトなんて凄い稼ぎになりそうだ。イメージだけど。

 大事だもんね、時給。俺はその気持ちがよく分かるよ。

「でも、それは建前ですよね?」

「おま、鴇……!」

「え、そうなの?」

 鴇ちゃんの指摘に少し慌てる吉永さん。

 その様子を見ている感じ、本当に何か別の理由があるように思えた。

「さっきの仕返しですよ」

 鴇ちゃんは悪戯っぽく笑う。

 今の鴇ちゃんは少し挑発的だった。後で殺されても、俺は知らんからな。

「それで、本当は?」

「い、言うわけないだろ」

 吉永さんは目に見えて動揺する。そんなに言いたくない理由なのだろうか。

 でも、だからこそ。その理由が知りたい!

「俺も聞きたいな、なんて……」

「ほらぁ、花鶏先輩も知りたがってますよ」

 吉永さんは恥ずかしそうにして、下を向いて押し黙った。耳まで真っ赤になっている。

 彼女がここまで表情を表に出すのは珍しい。というか、そんな恥ずかしそうな顔、初めて見た。滅茶苦茶レアだと思う。

 恥ずかしがってる吉永さん、可愛い。

「……から」

 吉永さんは俯いたまま、ボソボソと言葉を発した。

「え?」

 身体の前で手を何度も組み直し、上目遣いで俺を見る。

 やがて、決心したように真っ赤な顔を上げて、口をモゴモゴと何度か動かした後。

「メイド服が……、着て見たかった……、から……」

 と、恥じらいながら口にした。

 その恥ずかしさを我慢するように、ぎゅっと強く目を瞑って、唇を強く結ぶ。

「……………………………………」

 ドドドドドド、と。何かが、物凄い勢いで押し寄せて来るのを感じる。


 可愛い可愛い可愛い可愛い辛い辛い辛い辛い辛い尊い尊い尊い尊い尊い――。


 はっ!? 一瞬頭の中がエライことになっちまったぜ。

 今のはダメだ。破壊力が強過ぎる。悶え死ぬかと思ったわ。

 危うく、この若さで逝っちまうところだったぜ。

 反応が返ってこないのに痺れを切らしたのか、吉永さんは目を開けて様子を伺ってくる。

「な、なに笑ってんだよ」

 投げ槍にそう口にして、拗ねたように表情を曇らせた。

 やっべ、ニヤけてたか。

 慌てて取り繕う。

「いやいや……、馬鹿にしてるんじゃなくって。この顔は『可愛いなぁ』って顔だよ」

 一瞬の間。

「へ、変だろ……。私がメイド服着たい、なんてさ……」

「なんで? 可愛くて良いじゃん」

 素直な感想である。馬鹿にするなんてもっての他だ。今のカミングアウトで吉永さんのことがもっと好きになった。

 顔を上げた吉永さんと目が合った。だが、すぐに再び目を逸らす。

「……。ありがと……」

 満更でもなさそうな吉永さん。

 彼女は耳を澄まさなければ聞こえないようなボリュームで呟いた。

 俺は返事の代わりに笑顔を返す。

「他には好きなこととかあるの?」

「なんで言わなきゃいけないんだよ」

 いつも通りの口調に戻りつつある吉永さんだったが、まだ言葉の端々に少し動揺の色が残っている。

「だって、知りたいし……」

「は? だからなんで……」

「なんでって……。好きな人のことをもっと知りたいって思うのは、普通のことだろ?」

 俺は自分の気持ちを正直に口にする。

 好きな人のことはなんだって知りたい。

 それは恋する人間にとっては当たり前のことだと思う。

 吉永さんにも、その言葉に思うところがあったのか。

「料理とかも、好き……」

 彼女は観念したように首を振った後、再び小さな声で答えてくれる。

 家庭的! 好き!

「マジか。なんか意外だな」

「は?」

「今度食べてみたい!」

「はあ?」

「作って!」

「イヤ」

「いいじゃん!」

 俺は吉永さんの手を取ってお願いしてみる。

「さ、触んな!」

 吉永さんは俺の手を強引に振り解いて、俺を睨み付けた。

「お前、そういうところだよ……」

「え?」

「あたし、もう仕事に戻るから……」

 そう言って吉永さんは踵を返す。

「あちゃー……」

 俺の前には頭を押さえる鴇ちゃん。

 今の流れならいけると思ったのに、なんでダメだったんだ?

 俺に飯作るのがそんなに嫌だったのか? 乙女心ってのは分からん。


 取り残された俺は、呆然と吉永さんの背中を見送った。

 俺はチョコケーキをスプーンですくって口に含む。口の中に広がる苦み。

 ケーキは、失恋の味がした。

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