3-4
「ところで先輩。さっきの話の続きなんですが」
「なんだ?」
「先輩って、金糸雀先輩のことが好きなんですよね?」
突然の指摘に、俺は激しく動揺する。
「え……。あ、うん……。好き……」
「なに照れてるんですか。気色悪い」
「…………」
鴇ちゃん、最近俺への当たりがキツイぞ。俺は繊細な乙女なんだ。もっと丁寧に扱ってほしいもんだね。
そんな俺の内に秘めた想いが伝わるわけもなく。鴇ちゃんは続ける。
「いつから好きになったんですか?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「去年の文化祭に行ったとき、花鶏先輩を見た記憶が無いので」
ああ、なるほど。そういうことか。
「俺が吉永さんに惚れたのは今年の一月だからな」
つまり、去年の文化祭の頃の俺は、吉永さんのことを何とも思ってなかったわけである。
「一月!?」
俺の発言に対して鴇ちゃんが目を剥いた。
「まだ三ヶ月ほどしか経ってないのに、どうしてあんなにかまってもらえるんですか!?」
「どうしてって……」
「ね、妬ましい……」
鴇ちゃんは拳を握りしめて、心底悔しそうに歯を食いしばった。
そうか。随分と長い時間を過ごしてきたような気がするけど、まだたった三か月前の出来事だったのか。
まあ、その間に色々あったからな。
「今みたいに話してもらえるようになるまで、私は一年近く掛かったというのに……」
「一年……」
すげえな。その根性と精神力、もっと別のことに使えるんじゃないか。
まあ、鴇ちゃんの努力と苦労が分からないわけではない。
吉永さんはなんというか、ガードが凄く固い気がする。俺も、最初は話しかけても完全にスルーされてたからな。
「それで、金糸雀先輩のどこに惚れたんですか?」
「え? それも言わなきゃダメなの?」
「当然です!」
鴇ちゃんははっきりした口調でそう言い放った。
拳はぎゅっと握り締めており、目は真剣そのものだ。
その必死さが怖い。
「金糸雀先輩は確かに魅力的ですが、あの性格ですから……。これまでの間、そこまで異性に好意を抱かれるようなことはありませんでした。だから、気になるんです。一体、金糸雀先輩のどんなところに花鶏先輩はゾッコンなのか」
なるほど。今まで吉永さんに近付いてきた男の中に、あの冷たい態度に耐えられた奴はいないってことか。
てか、鴇ちゃんは吉永さんの恋愛事情まで把握しているんだな。
聞いてる感じかなり付きまとってそうだもんな。一歩間違えばストーカーだぞ、それ。
「吉永さんに惚れた瞬間か……」
俺は雪の日のことを思い出そうと記憶を遡った。
脳裏に焼き付いた吉永さんの可憐な笑顔。それを鮮明に思い起こして。
「捨て猫に笑顔で話し掛けてたところ、かな」
改めて口にしてみると、かなり変だという印象を受けた。が、事実なので仕方がない。
これで鴇ちゃんは納得してくれるだろうか。
なんだか、色々と文句を言われそうな気がする。
果たして、鴇ちゃんの反応は。
「なるほど! それは惚れても仕方ありません!」
ほんと、話の分かる後輩で助かった。
鴇ちゃんはうんうんと何度も頷いて、俺の言葉を肯定してくれる。
「あの超絶キュートな笑顔を見れば誰だって惚れちゃいます! いつも仏頂面か不機嫌そうな顔しているのに、時折見せる微笑みはまるで女神様! あの優しく細められた目元が素敵です!」
「確かに」
「それに、あの健康的で艶々の唇とキスがしたいです」
「……ん?」
キス?
みるみるうちに鴇ちゃんの表情が恍惚としたものに変化していく。
口は半開きで、目は虚ろだ。
おい、可愛い顔が台無しだぞ。
「フワフワの癖っ髪をブラッシングしてあげたいです。あの綺麗な足をスリスリしたいです……。そして、おっ、おっぱ。おっぱいを……、うへへへへ……」
「おい、その辺にしとけ。途中で話が変わってるぞ」
表情と言動がもう完全に変態のそれじゃねえか。とりあえず、そのよだれを拭け。
「……っと。危うくとんでもないことを妄想するところでした」
「もう限りなくアウトに近かったけど?」
俺の言葉で我に返ったのか、鴇ちゃんははっとした表情を浮かべた後、誤魔化すように苦笑した。
「持病みたいなものですから。おかまいなく……」
「それはお気の毒に」
日頃から妄想ばっかしてんのか、お前は。
「で、何の話してたんでしたっけ?」
「吉永さんが如何に魅力的かって話」
「そうでした! そして、花鶏先輩には是非聞いておきたいことがあったんです」
「まだ何かあるのか?」
「たった三ヶ月という短期間で、どうやって金糸雀先輩と仲良くなったのか、どうしても知りたいんです!」
興味津々といった鴇ちゃんの面持ちに、俺は思わず顔をしかめた。
これはまた、話が長くなりそうだ。
「一体どんな裏技を使ったんですか?」
「裏技って……。俺はただ、無視されてもひたすら話し掛けまくっただけだけど」
「まさかのゴリ押し!? 想像するだけでウザいですね」
「俺も結構苦労したんだぞ……?」
「と、言いますと?」
「最初に掛けられた言葉は『死ね』で、最初にとったスキンシップは『ビンタ』だった」
正直、思い出すだけでも結構辛くなる出来事だった。
「それは傑作ですね。詳しく教えてください」
良い食い付きぶりだ。目をキラキラ輝かせる鴇ちゃんは身を乗り出してきて話の続きをせがんでくる。
そんなに期待されちゃったら、話すしかないじゃないか。
「あれは確か、俺が吉永さんに惚れてから一週間くらい経った日だった気がするな」
俺は昔の記憶を手繰り寄せた。
「委員会の後、いつも通り吉永さんに一方的に話し掛けてたんだけど。ふと気になって『その金髪って、名前に合わせて染めてるの?』って聞いたんだ」
「とんでもねえアホですね」
「んで、そのときの返答がすっげえ低い声の『死ね』。これが最初の会話」
あのときのことは今でもよく覚えている。
人を睨み殺せそうなくらい鋭い視線と、凍えるくらい冷えた殺気が印象的だったからな。
「なるほど……。金糸雀先輩も大概ですけど……。私は一週間無視され続けたのに、懲りずに話し掛けに行く花鶏先輩のしつこさと精神力の方がよっぽど怖いです」
不快そうに露骨に表情を歪めた鴇ちゃん。
テーブルに乗り出していた身体を引いて、俺から少し距離を取った。
「お前だって一年間も続けたんだろ!? そっちの方がよっぽどこええわ!」
それに比べたら、俺なんてまだ可愛い方じゃねえか。
「そ、それはまた話が別です……。それで? ビンタされた方も教えてください」
こいつ、自分の話は棚に上げやがったな。
まあ、鴇ちゃんが一年間も無視され続けた話なんて、怖くて聞きたくないから別にいいんだけどさ。
「あれは二月の半ばくらいだったかな。あのときの俺は、吉永さんに最低限の受け答えはして貰えるようになって浮かれてたんだ」
あの頃はそれが嬉しくて、委員会の度に話し掛けに行ってたっけ?
うーん……。でもよくよく考えると、今もそんなに変わってない気がする。
訂正。今も昔も通常運転。
「そんなとき、ふと、俺が吉永さんに惚れた日の捨て猫のことを思い出して『あの捨て猫どうなったの?』って聞いたんだ」
「ふむふむ……」
「じゃあ『家で飼ってる』って言うもんだから、『今日家行っていい?』って反射的に言っちゃんだよ」
「あちゃー」
「それで左の頬に強烈な一発ってわけ」
思い出したら、なんだか本当に頬が痛くなってきた。良い音したもんな、実際。
一日中頬っぺたが腫れて大変だったし。
あの日、サッカー部内では『花鶏が女にフラれた』って噂で持ちきりだったらしいし。
「ふむ、なるほど……」
俺の話を聞いた鴇ちゃんは手を顎に当てて、うんうんと唸り。
「あれですね。二つとも全面的に花鶏先輩が悪いって所が、また凄く面白いですね」
「全然面白くねえよ。テキトーなこと言ってんじゃねえ」
確かに、ほぼ一方的に俺に非があったけどね。
でも、慰めてくれたり同意してくれたりしてくれてもいいんじゃないか? メイド仲間なんだろ、俺たち。
「ところで先輩」
「なんだよ」
「そのときの金糸雀先輩の顔、怖かったですか?」
「そりゃ、まあ。かなり?」
思い出されるのは、あの鬼女のような表情。これは決して大袈裟な表現ではない。
事実、あのときの俺は鬼を目の前にした子供みたいに震えていたからな。
「そのときの顔って、こんな感じでした?」
そう口にした鴇ちゃんの顔がみるみる青ざめていく。
俺の背後を差す指が小刻みに震えていた。
それを確認した俺はここでようやく、身も震え上がるような殺気を感知する。
恐る恐る振り返った俺の視線の先に居たのは。
「お前ら、ここで何やってんだ?」
――悪鬼!!
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