3-3
「ここです!」
数分歩いたところで鴇ちゃんは歩みと止め、こっちを振り返る。
彼女が指を指した先にあったのは、一見普通の喫茶店だった。
白を基調とした外壁は清潔感があり、一部はレンガ造り。入り口のドアは木でできており、その脇にある窓の形は丸。入り口付近には植木鉢に植えられた花がいくつか並んでいる。
まるで絵本の中のような、可愛らしい雰囲気のお店だった。
「へえ、思ってたより普通だな」
もっと派手で、ピンク一色の外観だと思ってたよ。
「ね? なかなかオシャレでしょ?」
「これは期待できるな」
きっとここのメイドさんたちはお上品に違いない。
鴇ちゃんに無理矢理にでも連れてこられてよかった。
たった今、改めて自覚したけど、俺はめっちゃノリノリだった。なんだかんだ言って凄く楽しみにしていたというわけである。
「先輩。目がキラキラしてますよ? 実は滅茶苦茶楽しみにしてましたね?」
俺の心を読んだように、鴇ちゃんはニヤけ顔で指摘してくる。
「一応、俺も健全な男子だからな。メイドさんって響きには、なんというかこう、グッとくるものがあるよな」
「ですよね、わかります! 私も将来はメイドさんを雇って生活してみたいです」
「いや、そこまでは言ってねえよ」
将来メイド雇用するって言ってる女子高生、初めて見たわ。
「ここで立ち話してても時間がもったいないので、入りましょうか」
「そうだな」
俺たちは入り口の扉を開いてメイドカフェに入る。
そこで、真っ先に視界に飛び込んできたのは。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
こちらに向かって丁寧にお辞儀するメイドさんの姿。
黒のワンピースに白いフリルの付いたエプロン。綺麗な黒髪に映える白のカチューシャ。
メイドと言われて最初に想像する一般的な容姿である。
「こちらへどうぞ」
と。席に案内してくれるメイドさんに、俺と鴇ちゃんは続く。
「なあ、鴇ちゃん?」
「なんですか?」
「うまく言えないけど……。なんかこう、すっげえ良いな……!」
「同感です……!」
並んで歩きながら俺たちは、周りに聞こえない小さな声でお互いの気持ちを確かめ合った。
店の中も外観から想像するような、清潔感と落ち着きのある内装だった。
白い壁と落ち着きのある色のカウンター。規則的に並べられたテーブルと椅子はデザインに曲線が多く取り入れらており、やはり可愛らしさが強調されている。
「ご注文が決まりましたら、お申し付けください」
着席した俺たちに向かってお辞儀した黒髪メイドさんはそう言って立ち去っていく。
物腰柔らかで上品に振る舞う彼女は、本当に主人に仕えるメイドのようだった。クオリティが半端ない。
あんな別嬪さんに『萌え萌えキュン!』とかしてもらえるの? 最高かよ、通うわ。
「花鶏先輩、何食べます?」
向かい側に座った鴇ちゃんが俺にメニューを差し出してきた。
「実は俺。部活帰りに飯行っちゃって、そんなにお腹減ってないんだよな」
「そうなんですか?」
先ほど半ば無理矢理、夜鷹にラーメンを食いに連れて行かれたのだ。
「だから、デザートがいいんだけど」
「あはは。実は私も、お昼ご飯食べてきちゃったんですよね……。我慢できなくて」
恥ずかしそうに笑う鴇ちゃんは自分のお腹を右手で擦る。
「だから私も甘いものが食べたいです」
「よし、デザートの欄を見ようか」
「かしこまり、です!」
双方の意見が一致。
メニューのページをめくると、様々なデザートが目に飛び込んでくる。なるほど、どれも豪華で凄く美味しそうだ。
しかし俺、甘いものあんまり好きじゃないんだよな。それを告白したらさすがに鴇ちゃんにも呆れられるだろうから言わないけど。
そんな中、一つのデザートが俺の目に留まる。
『失恋の味!? ほんのり苦いチョコレートケーキ』って。なんだねこれは。
でも、名前はともかく凄く美味しそうだし。これなら食べられそうだし。
「これにする」
俺は失恋パフェを指差した。
それに対して鴇ちゃんは目を丸くして俺の顔を見る。
「え? 花鶏先輩、いつの間に金糸雀先輩に告白したんですか?」
「してねえよ! しかもなんでフラれたことになってんだ!」
えげつないこと言うな、こいつ。
もしフラれてたら、こんな呑気に『メイドさん可愛い!』とか言ってられねえくらい落ち込んでるわ!
「前から気になってたんですけど。先輩、金糸雀先輩に告白しないんですか?」
「え……、えっと……。そのうち、かな」
痛い所を突かれた俺は、動揺して鴇ちゃんから視線を外す。
「え? どうしてですか?」
どうしてって、そりゃ、ね?
「ちょっと、はずい……」
「今更何を恥ずかしがるんですか!?」
鴇ちゃんは心底理解できない、といった表情で身を乗り出してくる。
いや、そんなに驚くことかよ。夜鷹にも雲雀にも似たような反応されたことあるけどさ。
「日頃から、見てるこっちが気分悪くなるような気色悪い求愛行動ばっかしてるのに!?」
「ちょっとは言葉を慎めよ!」
キモいのは俺だって多少は自覚してるっつーの。
「てか、お前も大概だぞ。わかってんのか?」
「私はいいんですよ。可愛い女の子なので」
「は? ただの痴女じゃねえか」
「痴女!?」
鴇ちゃんはテーブルを叩いて憤慨する。拗ねたように表情を歪ませて、そっぽ向いた。
「もう! 先輩のことなんか知りません!」
彼女は俺のことを散々弄ってくる癖に、自分がからかわれるとすぐに不機嫌になる。
まあ、そういうところがなんか年下っぽくて好感持てるんだけど。
「ごめん、冗談だって」
「……。おごってくれるなら、許してあげます」
「奢ってやるから。機嫌直せよ」
というか、最初からそのつもりだ。そのためにわざわざ、さっき豚の貯金箱叩き割ってきたんだからな。
「じゃあ……。これとこれと、あとこれで」
「頼み過ぎだろ。太るぞ?」
「別腹なので大丈夫です!」
「いいけどさ……。すみませーん」
俺は手を挙げてメイドさんを呼んだ。
「はーい」
すぐに返事が返ってきて、さっきとは別のメイドさんがこちらにやってくる。
「お待たせしました、ご注文ですか?」
こちらに可憐な笑顔を向ける、ゆるふわパーマで小柄のメイドさん。
なるほど、色々なタイプのメイドさんがいるんだな。
出血大サービスかよ。
「これとこれと……。あと、これとこれ。それとコーヒー一つください」
名前を読み上げるのも困難なスイーツを、俺はメニューを指して注文した。
「『メロメロミラクルキャンディーパフェ』一つと『失恋の味!? ほんのり苦いチョコレートケーキ』一つ、『プルプルパフパフプリンアラモード』一つ、『甘酸っぱい初恋のパフェ』一つとコーヒー一つ。ですね?」
すげえ。よく噛まずにスラスラ言えるな。
「はい」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね?」
メイドさんは丁寧にお辞儀。ぱあっと、花の咲いたような笑顔を浮かべて去って行った。
その笑顔、百点満点!
「なあ、鴇ちゃん」
「なんですか?」
「誘ってくれてありがとう」
「ふっふっふ……。ここはいいでしょ? 合法的に可愛い女の子見放題ですからね……」
「お主も悪よのう……」
「「うっへっへっへ」」
俺と鴇ちゃん。二人顔を見合わせて不気味に嗤う。
客観的に見たら不審者が二人、カフェのテーブルで悪巧みしてるように見えているだろう。
良いもんですな、メイドカフェ。そのうち常連になりそう。
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