2-5
「なあ、花鶏。そろそろ元気出せよ」
次の日の昼休み。俺はB組の夜鷹の机に突っ伏していた。
「さすがにへこみ過ぎじゃねえか?」
心配半分、呆れ半分。といった口調で夜鷹は話し掛けてくるが。こいつは俺の今の状況をちっとも分かっちゃいない。
「俺たちにはサッカーがあるじゃねえか」
ほざけ!!
俺は見たぞ。昨日お前と雲雀が一緒に下校している姿を。
後ろからデコトラで轢いてやろうかと思ったわ。
何が「俺たちにはサッカーがある」だよ。当のお前は彼女と幸せまっしぐらじゃねえか。手繋いでイチャラブしやがって。
俺も吉永さんと手を繋いでイチャつきたい!
「爆発しろ」
「やっと喋ったと思ったら罵倒かよ」
俺は徐に顔を上げる。
昼食のサンドイッチを頬張る夜鷹の表情は能天気そのもの。
「つかお前。今日一日は何してたんだよ。さっさと謝りに行けばよかったじゃん」
「それは……」
なかなか痛い所を突いてくる。
「どうせ、ヘタレして声掛けられなかったんだろ」
「言ってくれるじゃねえか」
いや、まあ。その通りなんですけどね。
でも、ヘタレにヘタレって言われるとなんだか無性に腹が立つ。
「いや、さ。俺って控え目な性格じゃん?」
「ツッコミ待ちか?」
「だから、ちょっと尻込みしちゃって……」
「キモいな」
「…………」
一蹴かよ。
「大体、吉永さん本当に怒ってんのか?」
「どういうことだ?」
夜鷹の発言の意図が汲み取れず、俺は頭の上にクエッションマークを浮かべた。
吉永さんが怒っているか、だと?
あの鋭い視線と冷たい態度、どう見たって怒っている人間のそれじゃねえか。
「一見怒ってるように見える態度だけど。俺から見たらあんなのいつもと変わらねえぞ」
「……。確かに……」
「だろ?」
目から鱗が落ちる、とはこういうことを言うんだな。納得。
つまり夜鷹は、ちょっと自分にやましい気持ちがあったから怒っているように見える、と言いたいんだろう。
思い返してみると、全く以ってその通りだと痛感する。
「でも、もし本当に怒ってたらどうするんだよ?」
「それは……」
「正直に言うと俺は口論でも腕っぷしでも、てんで吉永さんに勝てる気がしねえ」
「わかる……。人殺してそうな眼してるもんな」
吉永さんの顔を思い浮かべてみた。
ほとんど表情が変化しない仏頂面と、相手を睨むだけで殺しそうな鋭い目付き。あれは間違いなく殺ったことある人間の眼ですわ。
「いっそ、もう殺されてくれば?」
「え?」
おいおい。なんてこと言いやがるんだ。
「お前が消えるのはサッカー部にとっては痛手だけど」
「おい待て。なんで最初の心配がそれなんだよ!?」
まずは親友が死ぬことについて悲しむのが先だろ、普通。
部活のことなんて二の次でいいじゃねえか。
「一、二年生はライバルが消えて、むしろ喜ぶんじゃないかな」
「言って良いことと悪いことがあるだろ!」
「それに……」
夜鷹はすっと目を細めて、熱を失った凍える瞳で俺を見た。その奥は深い闇。
「女に現を抜かして、俺を見てくれない花鶏なんて……。もういらない……」
「もう完全にただのヤンデレじゃねえか!!」
俺の全身を怖気が這い回る。
重い。親友の愛が重い!
「まあ、それは冗談として……」
「冗談かよ。毎回毎回演技が迫真過ぎるだろ」
心底ビビったわ。こいつの冗談は心臓に悪い。見ろよ、手汗が半端ねえ。
「今日中にケジメ付けて来いよ? ラッキーなことに今日は部活休みだし」
「そうだな……。あれ……? でも、次部活無いときはボーリング行こうって、この前言ってなかったけ?」
確か春休み中にそんな約束をした気がする。
俺の質問に対して、夜鷹は言い辛そうに少し目を泳がせた。
「雲雀か……」
ぴくっと肩を震わせて、夜鷹は露骨に俺から顔を逸らした。
その態度を見て確信する。こいつはなんて分かりやすい奴なんだ。
「大好きな彼女とデートとは……。めでたいな」
俺の恋には猛烈に反対する癖に、自分は彼女とイチャラブデートですか。本当に良い度胸してんのな。
「ち、違いますよぉ? 親の都合でお留守番しないといけなくなって……」
明後日の方向に視線を泳がせ、口を尖らせて否定の言葉を述べる夜鷹。
「嘘下手か」
なんだその苦しい言い訳は。子供でももう少しマシな嘘付くわ。
「と、とにかく……。さっさと解決するに越したことはない。いつまでもそんなショボくれた顔でうろつかれると、ぶっちゃけこっちも目障りだし」
「本当にぶっちゃけたな」
言い方が悪過ぎるが、事実夜鷹の言う通りだ。
ウジウジと尻込みしていては、いつまで経っても吉永さんとは気まずいままである。それだけは避けたい。早く今までみたいに楽しくお喋りしたい。
「俺は決めたぞ、夜鷹。今日中になんとしても吉永さんに謝って、一昨日のことを許してもらう!」
「おー、頑張れー」
俺は腹を括った。こんなところで足踏みしてる場合じゃない。
俺は吉永さんのことが好きだ。一方通行の身勝手な恋心だけど、吉永さんは黙認してくれている。
しかし、いつまでも非礼を詫びずにいたらそれさえも許されなくなる。それだけは勘弁だ。
頑張れ、俺。
いつもやってる恥ずかしい求愛行動に比べれば、謝罪を述べるくらい容易な筈だ。
自然と全身に力が入るのを感じた。俺は自らの拳を強く握り締める。
覚悟は、決まった。
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