2-3
数分後。
縄でグルグル巻きにされて教室の天井から吊るされた俺は、逆さまの状態で解放されるそのときを待ち続けていた。
頭に血が上って仕方ない。
ていうか、この縄一体どこから持ってきたんだよ。用意周到過ぎるだろ。
「ごめんなさい、反省しました。助けてください」
救援を求める俺の声をクラスメイトたちはことごとく無視していた。誰一人俺を助けようとはしてくれない。
どうやら次の授業が始まって、先生が「降ろしてやれ」と言ってくれるまでこのままの状態が続きそうだ。
それまで生きていられますかね。
「花鶏先輩。その恰好、ミノムシみたいで楽しそうですね」
「お前、他人事だと思ってテキトーなこと言ってんじゃねえよ」
吊るされた俺の脇で、正座させられた鴇ちゃんが話し掛けてくる。
彼女の頭部には大きなタンコブが一つ。
吉永さんが振り下ろした鉄拳によってできたものである。
「つか、なんでお前はその程度のお仕置きで済んでいるんだ、不公平じゃね?」
むしろ、吉永さんのゲンコツなんてご褒美だろ。俺の方はクラスの女子から寄って集って袋叩きにされたってのに。
あ、でも。特殊な性癖をお持ちの人達には、場合によってはこれもご褒美か。俺は断じて違うけどね。
「花鶏先輩は金糸雀先輩の身長と体重を暴露したからじゃないですか」
「お前も言おうとしたじゃん」
「確かに私も言おうとしましたが未遂に終わったので。セーフです」
鴇ちゃんは正座したまま両腕を真横に広げて、セーフのポーズをとる。
「あ、ところで先輩。ちょっと話が変わるんですけど」
「なんだよ?」
俺は逆さまに映る鴇ちゃんの顔を見た。
「花鶏先輩って、女の子と付き合ったことありますか?」
「いや……。無いけど……?」
なんでいきなりそんな話になるんだよ。今度は俺の個人情報でも言い振らそうってか。
鴇ちゃんの真意の見えない唐突な質問に、俺は眉をひそめた。
対する彼女は満面の笑みで満足そうに頷き。
「やっぱり。言動や挙動が童貞臭いので……。そうだと思ってました」
「ど!!?」
童貞……臭い……?
「いやぁ。私の目に狂いはなかったんですね」
「よかったな……。ところで、良いことを教えてやる」
「なんですか?」
「俺は意外と繊細な心の持ち主なんだ。だから、ね?」
事実なんだけど、面と向かって言われると結構傷付く。
あと、女の子があんまり童貞童貞口走るもんじゃないぞ。
「で。童貞の花鶏先輩にアドバイスなんですが……」
お構いなしかよ。
「女子の体重が三、四十キロ代なんていうのは、童貞の痛い勘違いですよ!」
ビシッと、俺に向かって勢い良く指を指す鴇ちゃん。
「え? そうなの?」
それは知らんかった。
俺はてっきり、女の子なんて肩に担いで持ち運びできるくらい軽いと思っていたんだが。
「そうです! だから、金糸雀先輩の体重も別に重くはないんですよ。むしろ、あれだけ高身長でナイスバディだったら軽過ぎるくらいなんです!」
「なるほど?」
確かに吉永さんは女子の中じゃトップクラスに背が高いし、おっぱいも凄い。
「それに……」
小声になって、鴇ちゃんが俺の耳元に顔を近付けてくる。
「金糸雀先輩。割と自分でも体重のこと気にしてますからね……? あとでちゃんと謝っておいた方がいいですよ」
「……。それは……、まことでござるか……?」
動揺し過ぎて変な言葉が出た。
そして全身からブワッと嫌な汗が噴き出す。
つまり、あれか。俺は軽率な発言で吉永さんを傷付けてしまったってことか?
俺がなんとなく発した一言で、彼女のコンプレックスを指摘してしまったってことか?
自覚した途端に急に不安が押し寄せてきた。
「ど、どうしよう……」
吉永さんは怒っているだろうか。それとも傷付いただろうか。
もしかして、嫌われてしまっただろうか。
「鴇ちゃん、どうしよぉぉ……」
「先輩!? そんな今にも泣き出しそうな顔しないでください! 大丈夫ですから。金糸雀先輩は優しいので、ちゃんと謝れば許してくれますよ!」
俺の反応を見た鴇ちゃんもオロオロし始めた。
「そ、そうか……?」
「そうですよ」
だったら、早く吉永さんの許に行かなければ。
こんなところにぶら下がって、冬を越すミノムシの真似事なんてやってる場合じゃねえぞ。
俺は真剣な表情で鴇ちゃんを見た。
宙吊りの状態で真顔になるのは、たぶん客観的に見れば物凄く滑稽なのだろうが、今の俺にはそんなことは関係ない。
「鴇ちゃん……」
「なんですか?」
「俺は吉永さんのことが自分でもビックリするくらい好きなんだ」
「それは見てればわかりますよ」
何を今更、と。鴇ちゃんは眉をハの字にして苦笑する。
「今までここまで異性に好意を抱いたことがないから、勝手が分からなくてついつい暴走してしまいがちだけど……。この吉永さんを真っ直ぐに想う気持ちは嘘偽りなくて、本物だと自分では思ってる」
俺は柄にもなく自分の気持ちを口にしていた。それを鴇ちゃんは茶化すことなく真剣に聞いてくれる。
「だから、ちょっと自己中心的だって思われるかもしれないけど……。吉永さんには嫌われたくない」
「それは、ごく普通のことですよ」
「俺はこれからも仲良くなっていきたいし、吉永さんのことをもっと知りたい……。だから、ここで嫌われたくないんだ」
「その気持ち、そのまま金糸雀先輩に教えてあげてください。きっと想いは伝わりますから」
「……それはちょっと」
「はい? なんでそこで渋るんですか」
急に歯切れの悪くなった俺に対して、鴇ちゃんは訝しげな面持ちでこっちを見てくる。
「恥ずかしい……」
「乙女ですか!? いつもはあんなに気持ち悪い求愛行動を繰り返しているのに!?」
「そこに関してはお前も大概だと思うぞ?」
一回ビデオでも撮って、自分の行動を確認してみたらどうだ。たぶん死にたくなるぞ。
「と、とにかく! 後でちゃんと金糸雀先輩に謝りに行ってください。私もやんわりとフォローしますから」
「わかってるよ……。なんか柄にもなく変な話して悪かったな」
少し前の自分の発言を思い出して、身体がなんだかムズ痒くなる。なんて言うか、こういうのは性に合わない。
「気にしないでください。先輩は私のライバルではありますが、いなくなられると張り合いがありませんからね!」
鴇ちゃんは少し照れくさそうに俯く。
彼女も、俺がまさかこんな話を持ち掛けてくるとは思っていなかっただろう。多少なりとも戸惑った筈だ。
ここで両者沈黙。
気まずい、とまではいかないが。互いにどう切り出したら良いか分からず、静かな時間が流れた。
俺はこの空気に耐え難くなって、何か場が和むような話題を探し。
「じゃ、じゃあ、早速協力してもらおうかな……」
「な、なんですか?」
声のトーンを落として。
「とりあえず、後でこっそり吉永さんのスリーサイズ教えてくれ」
鴇ちゃんから表情が抜け落ちた。
「サイテーですね。今までの良い感じの流れと、私が抱いた尊敬の念を返してください」
それを見て確信。これは完全にスベった。
その後、昼休み終了のチャイムが学校に鳴り響くまで。鴇ちゃんにも愛想尽かされた俺は、独り寂しく教室の天井にぶら下がっていましたとさ。
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