二章 二人っきり!?

2-1

「お疲れ様でした」

 先輩たちに挨拶して俺は部室を後にする。

 ちょうど今、部活が終わったところだった。

「今日は疲れたな……」

 と。誰に言うわけでもなくポツリと呟いて、俺は空を見上げる。

 まだ西の方に少し夕日の赤が残っているが、空はもう既に暗い。

 始業式から一週間が経過し、四月も下旬に差し掛かって随分と日の入りも遅くなった。しかし、まだこの時間帯は薄暗い。

「はぁああ……」

 更に一際大きな溜息を付く。その音は誰かに聞かれることもなく、独りでに消えていった。

 俺が今、こんなにテンションが下がっているのには理由がある。

 そしてそれは当然、吉永さん絡み。

 今日はクラスで席替えがあった。

 なんでも、名前の順で席を決めるのは生徒達には不評だったらしく、始業僅か一週間にして席替えが行われたわけだ。

 その結果、俺は吉永さんと席が離れることになった。

 いや、ね。ほんとにもう、ふっざけんなよ?

 普通こういうのって、少なくとも一ヶ月は名前の順で過ごすものじゃないの?

 まさかクラスカーストのトップに君臨する奴らが、あんなにも席替えをご所望だったとは。誤算だった。

 おかげさまで俺の天下は七日しか続かなかったのである。

 全く、今日は最低な一日だった。

「ん……?」

 少し離れた先に人影を発見。俺はジッと目を凝らした。

 真っ黒なパーカーと、薄闇に映える美しい金髪。その後ろ姿を見て、俺は確信する。

 それと同時にそちらに向かって駆け出した。

「おーい、吉永さーん」

 前言撤回。今日は最高の日だぜ!

 吉永さんもこちらに気が付いたようで、手を挙げて応えてくれる。

 よーし。このまま勢いに任せて抱き着いちゃおうか、ははっ。

 なんちゃって。

「悪霊退散ッッ!!」

「ぐっはあああ!?」

 突然の真横からの衝撃で、俺は五メートル近く吹き飛ばされる。

 地面をツーバウンドして、俺は大の字になって大地に背中を付けた。

 こうして、悪霊は見事退治されましたとさ。めでたしめでたし。

「って、誰が悪霊だよ」

 ゆっくりと状態を起こして、俺を飛ばした奴の正体を見る。

 視界に飛び込んできたのは、吉永さんを庇うように立つ一人の女子生徒の姿。

「夜の闇に紛れて、金糸雀先輩に走り寄る不審者! もはや悪霊と大差ありません!」

 そう言ってその一年生らしい少女は拳を構えた。

 よくわからんけど、あれは何かの格闘技の構えか?

 とりあえず起き上がって、俺は二人に歩み寄る。こんなに距離が離れていたら、会話するのも面倒だからな。

 近づいてみると、その俺をぶっ飛ばした女子生徒も、吉永さんに勝るとも劣らない美少女であることが確認できた。

 激しく動いても邪魔にならないように短く切り揃えられた髪。型の良い眉と勝気な瞳は、持ち主が活発であることを証明しているかのようだ。

 袖やスカートから覗く手足は、程よく筋肉が付いていてしなやか。何かスポーツをやっているのだろう。見た感じ、理想的な筋肉の付き方だと思う。

「ち、近寄らないでください!」

 少女が警戒心を強める。今にもこちらに飛び掛かってきそうな勢いだ。

「ご期待に添えなくて申し訳ないけど、俺は不審者でも悪霊でもないんだ」

「そんなわけありません! そんないやらしい目付きで、女の子の全身を舐めるように見て……。変態に決まってるじゃないですか!」

「…………」

 いやらしい目付きかどうかはひとまず置いておくとして。全身を見た後「良い筋肉の付き方だ」とか思ったのは事実だから否定のしようがなかった。

 とりあえず警戒を解かないと話が進みそうにない。

「俺、この学校の生徒だよ?」

「そんな嘘が通じるとでも? 制服着てないじゃないですか」

 少女は俺の服を指差して言い放った。

「いや、部活終わりだし……」

「信用できません!」

 頑なだな……。もうめんどくせえ。

「ねえ、吉永さんも何とか言ってよ」

「なっ!? 金糸雀先輩に気安く話掛け――」

「こいつ、ここの生徒だよ」

「えっ!?」

 吉永さんの発言を受けて、その少女は目を丸くした。

 固く握り締めた拳を下ろして、構えを解いてくれる。そして、俺と吉永さんを交互に見て。

「そうなんですか?」

「最初からそう言ってるじゃんか」

 アホの娘かな?

「金糸雀先輩。ちなみにこの方とはどういう関係ですか? まさか、恋人とか……」

「いや? 知り合い以上友達未満ってとこだな」

 え? まだ友達ですらなかったんだ。泣いた。

「失礼しました、先輩。私、一年の一ノ瀬いちのせときと申します」

 そう言って彼女はピシッと背筋を伸ばして、深々とお辞儀した。

 ご丁寧にどうも。

「鴇ちゃんね。俺は山田花鶏、よろしく」

 できれば、出会い頭にドロップキックかましてくる後輩と、よろしくしたくはないけどね!

「えっ!?」

 俺が名乗ると同時に、鴇ちゃんは再び警戒心を露わにして拳を握った。

「あなたが……、金糸雀先輩に所構わず言い寄る変態野郎でしたか」

 その言葉に剥き出しの敵意と怒りが籠る。その迫力に当てられて俺は少し冷や汗をかいた。

「え? そんな噂になってんの……」

「一年生の間では有名ですよ。『金髪女番長に熱烈な求愛を繰り返す、サッカー部のチャラ男』って」

「金髪女番長……」

 それ、俺よりも吉永さんに失礼じゃないか? 確かに彼女は金髪だし、目付きも態度も悪いけど。とっても可愛くて良い人だぞ。

「おい……!」

 今はドスの効いた声で、溢れんばかりの怒気を垂れ流しているけどね。

「え? 金糸雀先輩、どうして怒ってるんですか?」

「お前はもう喋るな……」

「ちょ、先輩!? 痛い、痛いですってば!」

「帰るぞ……」

 首の根っこを掴まれて引きずられていく鴇ちゃん。

「山田先輩! これ以上、あなたの好きなようにはさせませんからね! 金糸雀先輩は私が守ります!」

 引きずられながらもしっかり捨て台詞を残していく。

 その姿をぼんやりと眺めながら。これは波乱の展開が待ってそうだな、と。俺は今後の生活に大きな不安を覚えるのだった。

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