1-5
「うへへへへへ。幸せ……」
放課後の部室。そこで俺は今日の出来事を振り返っていた。
今の俺はさぞかし気持ち悪い表情を浮かべているに違いないだろうよ。
やっぱり、同じクラスで席が隣ってのは良いな。初日から嬉しいイベントが起こりまくりじゃねえか。最高かよ。
しかし人間は欲深いもので、現状よりも更に良い状態を求めたがる。そして、俺もその例に漏れない。
自分を戒めようとしても、吉永さんとの仲が進歩しても。どうしても今以上にもっと親しくなりたいと思ってしまう。
恋の病とはよく言ったものだ。
今の俺の症状はまさしくそれで、彼女のことしか見えていない。これは病以外に何物でもないだろう。
確かに最近自分の気持ちを持て余して、少し暴走気味だ。
空回りしている感じも否めないが。
この、吉永さんを想う気持ちに嘘偽りはない、と断言できる。だから俺は、きっと明日以降も同じようなことを繰り返すだろう。
だが、それも悪くないと思う。どんな結末を迎えようと、どう転ぼうと、俺は絶対に後悔はしない。きっと大人になっても「あのときは色々やったな」と懐かしむことができる筈だ。
だって、それが青春ってモンだろ?
いやまあ、できることなら吉永さんと付き合ってそのままゴールインしたいけどね。
「おい、花鶏。さっさと準備しろ」
現実に引き戻される。
声の主は少し不機嫌そうな夜鷹。こいつは感情がすぐに表情に出るから分かりやすい。
「ご機嫌斜めだな。俺とクラス離れたからって落ち込むなよ」
「違うっての」
「今年も彼女と同じクラスになれなかったからか?」
「……。それもある、けど」
「けど?」
「俺とクラス離れたのに、お前が凄く嬉しそうにしてるのが気に食わない」
「お前、もうそこまできたらいよいよ気色悪いぞ?」
俺への愛が重くて怖いっての。
ひょっとして、俺の吉永さんへの態度も客観的に見たらこんな感じなのか?
いや、さすがにここまでではないだろう。
俺の愛は純粋で真っ直ぐだからな。間違ってもこんな拗れ方はしていない。
「つか、お前。雲雀にもう少しかまってやれよ。俺に絡んできてうざったいんだけど」
今日だけで何回あいつに邪魔されたことか。
まあ、あいつのおかげで吉永さんの意外な一面も見られたりしたのは認めるし、そこについてはそれなりに感謝もしているが。
それを補って余りあるほどの鬱陶しさが、雲雀にはある。
「やだよ」
「なんでだよ」
「だって……、人前じゃ恥ずかしいじゃん……?」
夜鷹は少し頬を赤らめる。
「だって……、じゃねえよ。お前ら二人とも奥手過ぎて見てるこっちがイライラすんだよ」
信じられるか? 夜鷹と雲雀の奴、付き合い始めてからもう二年以上経つのにまだキスすらしてないんだぜ?
二人とも俺には当たりキツいくせに、二人きりだと急にしおらしくなる。
「仕方ないだろ……、俺らはそういう性格なんだからさ。それに……」
「それに、なんだよ」
「近頃の暴走するお前を見て『あれにはなりたくないね』って同意したんだ。だから、自分たちのペースで頑張るよ」
「なるほど、よくわかった。お前らは俺のことをそんな風に見てたんだな」
「ま、まあまあ。細かいことは気にするなよ」
俺は根に持つからな。
今度、夜鷹と雲雀が一緒に居るところ見かけたら、もう穴に隠れたくなるくらい茶化してやるから覚悟しておけよ。
「で、お前の方はどうだったんだ。吉永さんとは仲良くなれたか?」
よくぞ聞いてくれた。待ってたぜ、その言葉をよ。
「いやあ、それが今日は嬉しいことが色々あってだな。聞いてくれよ」
「嫌だよ」
「は?」
「俺は『仲良くなれたか?』って聞いただけだ。惚気話ならよそでやってくれ」
急に態度が冷たくなった夜鷹は、さっさと部室を出て行ってしまう。
「おい、待てよ」
その背中を俺は追った。
ふざけんなよ。俺に吉永さんの可愛さについて語らせろ。
「聞けって」
「嫌だ!」
いよいよ、夜鷹はグラウンドに向かって駆け出した。
俺も全力疾走で追いかける。
「いいから聞けって!」
「嫌だ!」
「いいから!」
「お前の口から、他の女の話なんて聞きたくない!」
街を行く腐女子が一斉に振り返りそうな爆弾発言してんじゃねえよ。校内で噂になったらどうするつもりだ。
「待てって!」
「待たない!」
自分の好きな娘の話をしようと追いかける男と、それを頑なに拒否して逃げる男。二人の野郎が夕日を背にグラウンドを走る姿、なんと絵面の汚いことよ。
例えるなら。まるで、浮気した彼氏が聞く耳を持たずに逃げる彼女を追いかけているような光景だ。なんの茶番だよ。
それに自分で言っといてなんだけど、例えも下手くそか。
この終わりがやってこない追いかけっこは、部活の時間が始まっても続いた。
後ほど、二人まとめて佐藤監督に大目玉を食らったのは言うまでもない。
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