1-3
もし俺が偉い人になったら、新学期最初の日は午前で授業を終わりにする。生徒たち全員、もしかしたら一部の教職員たちもそれを望んでいる筈だ。
どうして初日から、わざわざお昼休憩を挟んでまで六時限目まで授業を受けなきゃならんのだ。お願いだからさっさと帰らせてくれ。
と。俺もさっきまでそう思っていた。しかし、前言撤回させてほしい。すまなかった。
理由は単純である。
「金糸雀ちゃんのお弁当美味しそうだね!」
「食べる?」
「いいの!? じゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい、あーん」
「ちょ、それは恥ずかしいよ……」
はい。可愛い。
俺の左隣。一つの机を囲んだ雲雀と吉永さんは一緒に昼食を取っていた。この美しい光景を新学期初日から見られるとは。
昼休み、最高。バンザイ。
「いいから……。口開けて」
「うう……。あーん……」
おい雲雀、そこ代われ。
「……ッ! 凄い、これ超美味しい!」
「だろ? 自信作なんだ」
「自分で作ったの!?」
超可愛いなぁ。目の保養だわ。
これを見ながらだったら、ご飯お茶碗三杯はいける。
女の子見ながらご飯三杯も食えるわけないだろ、とか前までは思ってたが。実際に好きな娘を前にしてみるとなんだかいける気がしてくるな。
まあ、俺の昼飯はドラッグストアで安く買ってきた食パンなんだけど。
別にうちが貧乏なわけではないぞ。ただ、先週スパイクを新調して財布がスッカラカンになっただけさ。
俺は白い食パンの面を注視する。
せめて上に乗せるものがあれば嬉しいんだけどな。仕方ないか。
「おい……」
食パンを口に含んだ。口に広がるパンの味。
食感がいいよね。腹に溜まるし、財布にも優しいし。
「おいっ!」
「えっ? 何?」
声をした方を見ると、こっちを見る吉永さんの顔。彼女の細められた鋭い目線が、俺の手元を見ている。
「昼飯……、それだけ?」
「そ、そうだけど」
何? 食パン食べてちゃ、ダメですか?
ひょっとして吉永さん、ご飯派なのか。なってこった。
うーむ。パンが食べられなくなるのは悲しいけど、吉永さんが食うなって言うなら。俺は泣く泣くパンを食べるのを諦めるよ。
だから、結婚しよう。
「パン、出して」
「え?」
全く予想していなかった発言が飛んできて、俺は少々戸惑った。
「早く」
言われるままに、俺は自分の食パンを吉永さんに向かって差し出した。
彼女はその上に箸で唐揚げをそっと置いてくれる。
「パンだけじゃ足りないだろ? 食べなよ」
俺は吉永さんの顔と、食パンの上の唐揚げを交互に見つめて。
うええええええええ!!? やったああああああ!!
狂喜乱舞しそうになったところで、辛うじて残っていた俺の理性がブレーキをかける。
いやいや、冷静になるんだ。
「え、でも……。悪いよ」
「そんなキラキラな笑顔で遠慮されても……」
呆れ顔で指摘する吉永さんは箸で俺の顔を指す。
右手で自分の頬をペタペタ触って確認してみた。そんなに表情に出てたかな。
「それに、今日は少し作りすぎちゃったし……。遠慮しなくていいから」
そう言うと吉永さんは一方的に会話を打ち切って、俺から目を離してしまう。
取り残された俺は、再び唐揚げが乗った食パンと吉永さんの横顔を何度か見比べて。
好きだ……!
やっべ。気を抜いたら涙流れそう。
優しいところが好き。その素っ気ない態度も好き。不器用だけど実は世話好きなところも好き。箸の持ち方が綺麗なところも好き。全体的に好き。
「あいつにあげて良かったの?」
「昼飯が食パンだけって、なんか味気ないだろ」
雲雀と吉永さんの会話が聞こえる。
天使かよ。嫁に欲しいわ。
「じゃ、じゃあ……。いただきます」
俺は唐揚げを挟んだ食パンにかぶり付いた。
うまっっ。なんだこれ!?
口の中いっぱいに広がる旨み。弁当のおかずなので揚げたてのサクサク感はないが、しっかりと味付けされていて、食パンともよく合う。
俺は夢中になって唐揚げサンドを頬張った。あっという間に無くなってしまう。
「美味しかった……。ご馳走様でした」
額の前で合掌。次いで隣の吉永さんにお礼を述べた。
「お粗末様」
横目でちらっとこちらを見た吉永さんが小さな声で呟く。その控えめな反応も可愛いです。
今日の俺、吉永さんが可愛いしか言ってないな。
でも、嘘偽りない事実だから仕方がないよね。可愛いものは可愛いのだ。
幸福で脳と顔が蕩けそう。
「花鶏、顔がキモい」
隣から雲雀の罵倒が聞こえる。
あー、うっせうっせ。外野は黙ってろ。
俺は今、幸せ真っ只中なんだから邪魔しないでくれ。俺はこれを噛み締めながら、次の授業に臨みたいんだ。
この状態なら、楽勝で午後の授業も乗り越えられる。
「五時限目は……、数学か……」
俺が最も苦手とする教科だが、今の俺には唐揚げの加護がある。たかが数字と記号の羅列なんかに負ける気がしないね。
よっしゃ、どっからでもかかってこいや。がっはっは。
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