第27話
「まったくあいつは一体どうなっちまったんだ!」
ひとりで怒鳴りながら、ジョッキの中の黄金色の液体を、がぶがぶと口の中に流し込んでいる男が居る。
男はヘルナンデスだった。
最近、彼は一人で行動する事が多くなった。
それというのも、甲山がすっかりあのときの金髪の女性――たしかアレクサとかいったか――にぞっこんまいっちまっているからだった。
甲山は今日も練習を休んで、彼女とドライブに出かけている。
試合もかなりペースが落ちている。
練習をサボりながらでも、10連勝を飾った強さは立派なものといえるだろう。
だが、試合内容は実にお粗末なものだった。生まれつきのタフネスさで勝ち進んでいるだけだ。ファンタスティックとさえいわれたハリケーンマン戦までの姿がウソのように、今のコーヤマはダメだ。
「結局のところ、あいつは色気で駄目になった」
そうヘルナンデスは結論づけた。
「女は戦士を駄目にする。そのくらいわかってると思ってたが……なあ、そうだろ?」
苦い顔で彼はカウンターの向こう側のマスターに同意を求める。
だが返ってきたのは、マスターの両肩をすくめる仕草であった。
「あんたも甲山も分かっちゃいねえのさ。女は駄目だ」
「おや、同性愛の趣味がおありで」
「バカをぬかすな、男なんて抱いて何が楽しい」
苦い顔でふたたびジョッキを傾け、たちまち中身を空にすると、ヘルナンデスはおかわりを要求する。
これで何杯目だろうか。もう数えてもいない。
「俺はさ、俺は散々女房子供に尽くしてきたんだ…なのにいきなり離婚だとかよ! 俺の職業がプロレスラーである限り、サーキットはつづくんだ。滅多に家に帰れないってのは当前だろ?」
「レスラーとは、そういう宿命ですね」
「だろう? それを今更持ち出して、子供に会わせねえってのは筋が違うだろう。なあ、違うか?」
からみ酒だ。それもかなりたちが悪い。
しかしマスターは逆らいもせず静かに笑みで応える。
「そうだろ、俺は間違っちゃいねえ。いい加減に甲山も目を覚ますべきだ。あいつは地下へ遊びに来たわけじゃねえ。世界一強いレスラーになるため、過酷な世界へやってきたんじゃねえか。初志を貫徹せず、何が男だ! そうだろマスター…女なんて堕落の果実だ」
どう考えても個人的な感情ありきで、女性の偏見をべらべらと語っているとしか思えないヘルナンデス。
マスターは穏やかな口調で、彼の悪態をかわすように語りかけた。
「そうですね、特に次は彼の正念場でしょう」
「正念場? ん? 相手は誰だっけ?」
「リチャード・アッフィルーズ」
ガチャンと音がした。
手に持ったジョッキを、ヘルナンデスが落としたのだ。
その手は動揺に震えている。
「リチャードだと? あの、粉砕者か!?」
「そう伺っております」
青い顔で、ヘルナンデスは立ち上がった。
「こうしてる場合じゃねえ、甲山に会わなければ」
ヘルナンデスはよろめく足取りで、バーを後にした。
人気のなくなったバーのモニターには、スーパースターのザ・ロップが、小兵のミステリオンjrにピープルズエルボーをヒットさせる光景が無機質に映し出されていた。
こうしてその夜は、嵐の前触れのように、静かに過ぎていった。
煌々と輝く星々が消えると、やがて陽が昇る。
甲山と粉砕者の決戦の日が来た。
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