第三章

第23話

彼は受身が下手だった。

プロレスでも、そして人生そのものにおいても…。



彼にとって他人は、ガラス細工も同じだった。

リトルボーイのころからずっとそうだった。

彼の周囲には怪我人が続出した。彼にとっては、ただじゃれついただけの行為にすぎないのに、ほかの子供は大怪我をしたり、病院に担ぎ込まれたりする。

いつのまにか彼は、手のつけられない乱暴者として扱われるようになった。勿論、彼には罪の意識などまるでない。


怪我をするのはそいつが弱すぎたせいで、そんな弱っちく生まれついたそいつが悪い。

なんの疑いもなく、そう思っていた。

当然ながら彼には一人の友人もできなかった。

彼の要求に応えられるレベルの人間は、彼の周囲にはいなかったのだ。

そんな彼は、まったく孤独を感じたことなどない。


彼の名はリチャード・アッフィルーズ。


人は彼のことを粉砕者(クラッシャー)と呼んだ。

彼は街中から恐れられ、大人でさえ彼を避けた。


そんな彼の唯一の支えがビッグママの存在だった。

ママはでかい。小学生にして身長が170に届こうとしているリチャードより、さらに10センチ以上高い。

そして何より彼女は人間として寛容だった。

誰もが狂犬扱いするリチャードを認め、一人の子供として愛を注いでくれた。


「リチャード、あんたはちょっと運が悪かったのさ。神様から人より頑丈すぎる体を与えられちまったのさね。でも贅沢はいえないよね。体が弱くて、すぐ死んじまう子供だっているんだからね」


ママは何でも知っていた。

彼が困ったことがあったら、いつでもママが解決してくれた。


「いつかママみたいなワイフを貰って、ママを楽させてやるよ」


「あっはっは、そうかい、楽しみに待ってるよ。でもそうなったらこの尻が2つになんのかい。到底このキッチンに収まりきらなくなるね」


ママはそういって、でっかい口で豪快に笑った。

リチャードもつられて笑った。


彼は自分の頑丈なボディを活かし、プロフットボーラーになるつもりだった。

しかし、敵も味方も彼の相手をするには、あまりにも軟弱すぎた。

彼は試合で計五人の重傷者を出し、ハイスクールを放校処分になった。

次の高校でも、またまたその溢れんばかりの力を持て余し、怪我人を続出させて追い出された。

面倒臭くなって、彼は高校を辞めた。

プロレスラーになることに決めたのだ。

相手を怪我させてもよいし、どうかしたら殺人も事故扱いとなる世界。


これで思う存分力が発揮できる。


そう思ったが、どうやら内実は違ったようだ。

全力を出していけないなんて、一体どういうスポーツなんだ!

特にあの受身というやつがいけねえ。


リチャードはすっかり腐ってしまった。

まったく効かない攻撃を痛がって見せる。

あまりにバカバカしい。しかし彼が所属したジムのコーチは言った。


「いいかリチャード、プロレスをそのへんのスポーツと一緒にしてはならない」


「なんでだ?」


「それはプロレスがアートだからだ。そのへんのスポーツは客の目を意識しない。だから勝利を奪うために必死になる姿は、どうしたって醜くなるし、勝利を最優先にしていけば、汚い手段でも平気で使うようになる」


「スポーツってのは、そういうもんだろ」


「だがな、プロレスはお客の目がある事を前提として作られたモノだ。綺麗に流れを組み立てる事ができる」


「…………」


「単なる自己満足ではなく、なけなしの懐からゼニ出して来てくれた客に、確実に面白いものを見せてやれるンだ。プロレスは戦う芸術なのさ」


彼は真剣にプロレスの素晴らしさを力説した。

しかし、リチャードの興味を引くには至らなかった。

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