第22話

大きな瞳が、好奇心いっぱいといったふうに甲山を見ている。

背は高い。無論甲山には及ばないが。

体つきもスレンダーで、どちらかといえばモデルのような雰囲気がある。


「ここ、いいよね?」


それは質問というよりは確認だった。

返事も待たずに彼の隣の椅子に腰をおろす。


「唐突でごめんなさい。でもね、あなたの試合ってもう最高にクール! ずうっと会ってそれを言いたかったんだけど…フフ、こうして会えてよかった」


「そいつはどうも」


甲山は警戒するような目をしたまま、差し出された手を握り返した。


「ふふふ、聞きたいことがあるぞって顔してる。いいよ、聞きたいのは、なぜ私があなたを知ってるかってことね」


「…話が早くて助かるな」


――そう、地下プロレスの秘密が外部に漏れることは絶対にありえない。それはごく一部の特権階級に座す人間達が、この地下世界を牛耳っているからだ。

それはどのような組織なのか、

どのような経過で開催されているものなのか。

彼ごとき単なる末端の一選手の知るところではない。


出入りが可能なのは、とんでもない巨万の富を持つ資産家か。あるいは裏に顔の利く暗黒街の住人か。あるいはその関係者か。どちらにしても、まともな人間とはいえまい。

下手に地下のことを巷で口にすれば、数日後には間違いなく行方不明者リストの仲間入りを果たすことになる。

それは地下闘士といえども例外ではない。

この美女が表の酒場で、何を企んでこのような危険な話題を口にするのか。

甲山ならずとも警戒するのは道理だろう。


険を含んだ、鋭い甲山の目線にも、彼女はまるで動じた色もない。

幾多の修羅場を潜り抜けた眼光を、彼女は極上の笑顔で受け止める。

なにはともあれ、なかなかの神経である。


「何故、あたしがあなたのことを知っているか。それはズバリ、あたしが地下会員メンバーの関係者だからよ」


「本当に?」


「あら、疑うわけ。せっかくちゃんと話したのに」


「当然だろう。君はあけすけすぎる。こんな話、誰に聞かれて困るわけでもないが、消されるという噂はジョークと受け取るには重すぎやしないか?」


「あれ、意外な言葉。地下闘士たるものが、死を怖がっているの?」


「当たり前だ。俺は死ぬのはこわい」


けろりと甲山は言った。

別段皮肉でもないらしく、悪びれた様子もない。

女性は青い瞳を大きく瞬かせた。


「死ぬのが怖いのに、殺し合いをしてるわけ?それって矛盾してない?」


「俺の中では、いたって矛盾してない。死ぬのは怖いし、仕合の前は気絶しそうなほど怖い。だが、概念としての死ではなく、現実としての死を目前にしてこそ、はじめて生きてる実感がつかめる気がするのさ。ただそれだけだ」


「…ただそれだけで、命のやりとりをやってるの?」


「そうだ」


「生きる実感を得るために、苦しいトレーニングを積んで、殺し合いのリングに上がるわ?」


「そうだ」


彼の答えはいたって簡潔。そしてシンプルだ。


この話はヘルナンデスも驚いたらしい。

信じられないといった風情で眉間に皺を寄せている。

しかし金髪の女はなぜか嬉しそうな顔をして


「コーヤマ、あなたは最高に面白い。そしてコールド!ねね、私とつきあわない?」


「はあ?」


「だから、私の彼になってほしいの」


これに甲山、わずかな沈黙を挟み、


「…あんたも結構、面白いな」


「そう、光栄だわ」


「付き合うのはいい。しかし、ひとつ知りたい」


「どうぞ。付き合ってくれるなら、何だって答えるよ」


「地下会員の関係者ならば、たとえジョークでも、表の店で暗黙の不文律を破りはしない筈だ。それがジョークですまない問題だと知っているからだ。なぜあんたは平然とルール破りの危険を冒した?」


「イージーな質問で助かったわ。その答えはひとつ。ここが表の店じゃないからよ」


「――何?」


これには甲山のみならず、ヘルナンデスも驚いたようだ。

二人の視線は同時に出入り口へと向いた。

曇りガラスの扉の取っ手に、あちらむきでなにやらベニヤの板がぶら下がっている。

彼らが訪れるとき、ここに客がいないわけがわかった。

寂れているわけではなく、特別な店だったのだ。

おそらくベニヤには「本日は終了しました」とでも記されているのだろう。

二人が今度は黙々とグラスを磨き続ける店主に目を向けた。

彼は返事代わりに、こちらへにやりとウインクを返してきた。


「……やられたな」


どちらともなく、つぶやいた。

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