第19話
しかし、このような命をやりとりをするリングの上での回転蹴りというのは、非常に危険なものだ。
見切られればタイミング次第で、無防備な片足にタックルを浴びる結果になる。
そういう意味で、なんでもありのルールでのキックは、あまりにハイリスクな賭けといえた。
だが、このハリケーンマンという男、蹴り足をつかまれることに恐怖感はないのだろうか?
そう思わざるを得ないくらい、この男の蹴りは何のためらいもなく、素早く、重かった。
甲山は決心をした。
このままでは埒があかない。
蹴りを喰らうのを承知で、タックルに行こうと考えたのだ。
タックルの位置が高すぎれば、鍛え抜かれた凶器の膝・肘のカウンターをもらう。
反撃を受けぬなら低空タックルしかない。
狙いは足首――そう決めたら、躊躇してはならない。
甲山が電光の速さでタックルを仕掛けた。
「な、なんだ?」
信じられないことが起こった。
ハリケーンマンが、甲山の視界から消えてしまったのだ。
唖然とした顔で、腹ばいにリングに落下する甲山。
事態は彼の理解を超えていた。
背後で、何かが着地する音がした。
そこで甲山は瞬時に何が起きたかを把握した。ハリケーンマンは甲山の突進にタイミングを合わせ、背を側宙で一気に跳び越えたのだ。
「――馬鹿な。ありえない」
思わずひとりごちる。
こんなことが物理的に可能なのか。
無様にマットに這いつくばり、甲山は愕然としていた。
闘いの中、甲山の思考は数秒、エアポケットに入った。
勝負が決まるには充分すぎる時間だ。
そんな彼の後頭部に、猛烈な蹴りが襲い掛かった。
がつんと物凄い打撃音がした。
「おい、今の蹴りは完全にまずいぞ!」
「あの音、コーヤマは間違いなく効いてる筈だ」
観衆は、甲山の敗北を確信した。
……しかし甲山は奇跡的な反射で、腕をマフラーのように頭に巻きつけ、ブロックに成功していた。
もちろん、助走の充分ついた蹴りの衝撃を、腕のブロックだけで吸収できるはずもない。
鞠のようにマットを跳ねた甲山は、勢いを利して、すかさず体を仰向けに返した。
観衆には冷静な行動のように見えたが、さっきの強烈な蹴撃により、この間の思考は飛んでいる。
すべては無意識の行動に過ぎない。
観衆の熱狂的な歓声により、次第に甲山は正気に戻る。
――なんだ、いつの間にこんな状態になってる?
状況を把握する前に、足が空から降って来た。
ハリケーンマンが、ジャンピングしてのフットスタンプを選択したのだ。
麻痺した脳が判断を下す前に、甲山の体はディフェンスの体制をとっている。
自らの両足が下から跳ね上がり、相手の勢いを相殺した。
相手はなおも甲山の顔面めがけて踏みようとする。
甲山は、その足をぎりぎりまでひきつけ、かわした。
次の瞬間には、彼の手足は蔦のように、しゅるしゅるとハリケーンマンの足に絡み付いている。
電光のようなヒールホールドが極まり、ハリケーンマンの体は朽木のように倒れた。
「Noooooo!!」
苦悶の絶叫が場内に反響する。
場内の観客が立ち上がった。
完璧に極まったと判断したのだ。しかし、ハリケーンマンは追い詰められながら、なお勝利に執着した。
その不完全な体勢から蹴りを放つ。
狂ったように蹴りを繰り返す。
顔面へ、胸板へ腕へ、通常なら届かない筈の距離だが、長い脚があたるを幸い、硬い踵を速射法のように打ちまくった。
その、折れない心が彼を救った。
蹴りの一発が甲山の肩の根元に命中したのだ。
ここを蹴られると、一時的に腕が痺れ、力が入らなくなる。
一瞬、力が緩んだ瞬間にハリケーンマンは脱出。
再び距離をとって対峙する。
極まらなかったとはいえ、ヒールホールドが一度入ったのだ。その脚には想像を絶する激痛が走っていることだろう。
しかし、ハリケーンマンはあくまでハリケーン。
彼の名は暴風雨。
停滞は許されない。
ハリケーンマンは己のプライドを死守する道を選んだ。
彼はどうしたか。
なんと痛む足で飛んだ。跳躍した。
空中から甲山の顔面にハイキックを繰り出した。
こんな大技を黙って食らうほど、甲山はお人よしではない。
すっと頭を下げてかわす。
ハリケーンマンは失速しない。
空中で、ヘリのように旋回した。
まるで無重力空間を漂うような、アクロバチックなソバットを放つ。
これをクロスガードでブロックした甲山は、着地したハリケーンマンのバックをとった。
ハリケーンはあわてず、振り向くよりも速く、神速のバックハンドブローを放った。
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