第13話
甲山は、ずっとおのれの体の内側に、いまにも噴火しそうな熱いマグマの存在を感じていた。
そのマグマが噴出できないもどかしさに、いまにも煮えたぎる血液が逆流しそうで、彼は荒れ狂った。
沸騰しそうな熱い血を鎮めるため、街角で喧嘩を売り歩いた。
血が噴き出るまで、壁にガンガン拳を打ちつけたりもした。
この熱を開放できる何か。それがついに見つかったのだ。
――プロレス。
俺は、世界最強のプロレスラーになる。
ついに方向性を得た、熱いドロドロした灼熱のマグマが、内側から歓喜の雄叫びを上げている。その得体の知れぬ熱に衝き動かされるように、ひたすら体を鍛え、苛め抜いているのだ。
「俺は強くなりつつある」
その実感がある。
「だが、この技術を披露する場などあるのだろうか――?」
喰っていくには、銭を稼ぐ必要がある。そしてローカルのプロレス団体は、世界中どこにでも存在している。甲山はアメリカのインディー団体に、不定期で上がっていた。もちろん、彼の技術が発揮できるような、ハードな団体ではない。
顔面にペイントし、東洋から来たカラテ・モンスターというキャラクターが、彼の役割だった。
やってることは、ほぼ道化である。だが、彼のハングリーな生活に活路が開けたのは、この団体で親しくなった、”アキレウス”ヘルナンデスというレスラーの一言だったのだから、わからない。
ヘルナンデスと甲山の役割は、ふたつあった。彼らはレスラーとしてリングに上がるだけではない。
――マークス要員、平たくいえばリングに上がってきた素人を潰す、専門のシューターなのだ。
「HEY! コーヤマ、時間はあるか」
ある日、試合を終えた甲山に、だしぬけにヘルナンデスが声をかけた。
その日の興行は、サーカスとの合同興行だった。
甲山の試合は、手品を仕込むための時間つぶしのため、
「素人がプロレスラーに挑戦」と銘打たれて行われた。
要は単なるエキビジョンだが、素人はたまにプロでは考えられない行動に出るため、あまり気を抜くわけにもいかない。
レスラーの中には、素人に指を食いちぎられた奴もいるのだ。
「どうしたヘラクレス。今日は指で何匹釣れたんだ?」
その日のヘルナンデスの顔に、いつもの気さくな笑顔はなかった。
「コーヤマ、あんた秘密は守れるかい?」
「どうした、だしぬけに」
と、さすがに甲山もただならぬ雰囲気を察した。
彼は人気のない小部屋に甲山を誘った。鍵を掛け、用心深くロッカーなどを開いてから、内部に誰もいないことを確認すると、ようやく語りはじめた。
「あんたに覚悟があるんなら、すげえ試合場を紹介するぜ。ただしルールはNO HOLDS BARD じゃなくて、DEAD OR ALIVEだ」
「……物騒なはなしだな」
甲山は相手の顔を窺う。
「物騒さ。下手をすりゃ死ぬ」
ヘルナンデスの顔に変化は無い。
「……大層な話だが、そんな危険なルールで、高額のギャラを支払える大会があるのかい?」
「ああ、ある。いわゆる地下プロレスって奴さ」
「地下プロレス……?」
甲山はわが耳を疑った。まさかこの時代に、そんな伝記小説に出てくるような言葉に出くわす羽目になろうとは…。
しかし彼の困惑をよそに、ヘルナンデスは続ける。
「光あるところには当然、影がある。非合法な闘いは、どこの世界にも需要があるものさ。それは一部の特権階級しか享受することを許されねえ、高級な娯楽であり………ああ畜生、もう七面倒くせえ」
ヘルナンデスは頭をかきむしった。回りくどい表現が苦手なタイプらしい。
「まあつまりだ、つまる所はギャンブルさ。それぞれの勝敗により高額の賭け金が動く。場を支配しているのは、複数のマフィアでな。裏側では互いの利権も複雑に絡みあってて……」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
ヘルナンデスから詳しい内容を聞くにつけ、甲山は軽い目まいを覚えた。
内容があまりに非現実的で、下手なジョークを言われている気がしたからだ。
「コーヤマ、ユーの考えている事は分かる。時代錯誤な冗談だといいたいんだろ? しかしこういうもんはいつの時代でもあるもんなのさ」
ヘルナンデスはいつになく真剣な顔つきだった。
「いいか。人類の長い歴史の中で、最も人々が潔癖で、厳格に生きられた時代はいつなのか、コーヤマはわかるか?」
「……?」
「戦時中だよ。戦争中は、民心には常に緊張感が満ち、あらゆる無駄を排し、節制を心掛けるものだ。そして戦いに荒んだ心を癒すため、娯楽も夢や希望を訴えた内容ばかりになる」
「つまり、戦争が人を真面目にするって事か?」
唖然とした顔でヘルナンデスを見る。
「そうだ、平和な時代にこそ人々は駄目になる。空気は澱み怠惰が蔓延する。人々は退屈しのぎに不健全で残酷なものを求めるようになっていく。ローマ時代のコロッセオしかりさ。現在はそんな時代なんだよ」
「……なるほどな」
甲山は意外なヘルナンデスの含蓄に驚いたが、それよりむしろ、彼の話に共感するなにかを感じていた。
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