第11話

「どういう事だ?」


 怪訝な顔つきで永島がたずねる。


「俺は、大岩館長が望んでない試合をやっちまったんス」


 永島にも、ようやく甲山の言いたいことが伝わったようだ。

 リングの下は権謀術数だらけ。そんなことは長年プロレスをやっている永島の方が精通しているだろう。


「……仕組まれたわけか」


「そうす、でもそのことはあまり重要なことじゃない」


「何……?」


「――俺は、プロレスの牙になるつもりだった。プロレスを守るために、ガチで外敵を全部なぎ倒すつもりだった。でも現実には、プロレスに恥の上塗りをしただけだったんです!」


「おい、落ち着け甲山」


「いいえ。自分は冷静です。だからこそ自分の青臭い考えが許せない。弱い癖に粋がっていた、黒澤さんと出会ったころから、俺は全然成長していなかった」


 うつむいたままの甲山の顔から、透明な液体が床へしたたり落ちた。

 それが汗でないことは、この場にいた誰もが判っていた。

 甲山は顔を首にかけたタオルでぬぐい、顔を上げて永島の顔を見た。

 ちょっぴり赤くなった甲山の眼は、額よりも深い傷が、心の奥に残った事を示していた。


「永島さん、そして銭安さん、本当にありがとうございました」


 ややかすれた声で言った。

 ふたりとも無言。

 静寂だけがあたりに満ちた。

 しらけた空気を打破したのは永島だった。


「……これからどうする?」


 視線を合わせたまま、尋ねた。


「答えは決まっています。もう超日には戻れない。かといって、既存のどの団体にも所属できない。……俺は弱すぎた。牙どころか、俺は乳歯にすらなっていなかった」


「甲山……おまえ……」


「本当に、ありがとうございました」


 もう一言、お礼を言った。

 そしてぺこりと頭を下げた――それが最後だった。

 甲山は控え室の扉を破るように開け放つと、外に飛び出した。

 周囲にたちまちマスコミが群がるが、腕で掻き分け、なぎ倒した。

 そして駆けてゆく。彼方へ。


「それでいいのか、甲山ア――ッ!」


  永島の絶叫が、甲山の耳に続いただろうか?


――この日から、甲山サトルの姿は日本から消えた。

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