第6話
その事件とは、超日のトップ、永島祐二が、紅白歌合戦の裏で行われた、大晦日の一大格闘技イベント『グレートニオ武蔵祭り』で、ロメオ・ロボコックに惨敗してしまったのだ。
甲山の受けた衝撃は半端ではなかった。しかも永島はプロレスに専念したい、リベンジは果たさないと言い出した。会社もその方向だというのだ。
甲山は納得できなかった。彼は永島祐二に詰め寄った。
「永島先輩,いったいどういう事なんすか? プロレスラーは逃げちゃ駄目だって言ってたの、先輩じゃないすか!」
「いや、違うんだ甲山」
永島は首を振った。
「甲山、あのリングはな、俺たちのやり方はまったく通用しないんだよ。あそこは人間を駄目にする場なんだ」
「駄目に?」
「そうだ。俺たちは相手をリスペクトし、お互いを光らせ合う。だがあそこでは、相手の全人格を否定しなきゃならないんだ。俺はそんなの嫌なんだ」
「でも先輩、先輩は超日のトップじゃないすか。トップが負けたって事はプロレスが負けたって見られるんですよ! 俺は嫌です。プロレスは最強のスポーツでないと嫌なんです!」
「甲山、もう決めたんだ。俺はもうあのリングに立ちたくはない」
「永島先輩……」
サトルは永島を見据えた。その瞳には、いつもリング上で見せる輝きは微塵もなかった。どこか哀愁を感じさせる、挫折を噛んだ眼だった。
似ている……。
瞬間、甲山の脳裏をよぎったものがあった。
そうだ、いつかの自分。
黒澤の関節に打ちのめされ、初めての挫折に苦悩した、あの時の自分と目の前の永島がダブッて見えた。
この瞬間だと甲山は思った。
ここで歯を剥くか、背中を向けるかで男の一生が決まる。
甲山はぐっと拳を固め、決然と言い放った。
「永島先輩、俺、ロメオを倒します」
「――なにっ? 冗談はやめろ」
永島祐二の顔色が変わった。
「俺は冗談なんてこんな場面で言えるほど器用じゃないすよ。俺は本気です」
「馬鹿野郎、会社が許すと思ってんのか!」
「許されないならやめるまでです」
「甲山、冷静になれ! お前、毎日血の小便流して、やっとプロレスラーになったんじゃねえか。お前にとってプロレスとは、そんな安っぽいもんなのか?」
「俺、プロレス大好きっす。最初は戸惑ったけど、俺みたいな出来損ないが、この鍛えた体を張ってお客を喜ばす事ができるなんて、こんな凄えもん他にないですよ」
「だったら……」
「だからっすよ永島先輩。だからプロレスを馬鹿にする奴は許せないす! 俺はプロレスを守る為の牙になりたいんすよ!!」
甲山は泣いていた。男泣きに泣いていた。
大好きだから守る。
大好きだから出て行く。
この矛盾した行動を取ろうとする自分の愚かさに慟哭した。
「――よく言った甲山、もう俺は何も言わん。やるなら勝て! 恥を晒しやがったら承知しねえぞ!」
永島は甲山の頬を張った。乾いた音が響きわたった。
甲山は身じろぎもせず、永島の顔を見つめ、
「ごっつあんした!」
深々と礼をした。
深すぎて、永島の両眼に光るものが見えなかった
数日後、サトルは超日本プロレスに辞表を提出した。フリーランスの立場で、D-ONEの主催する格闘技イベントに出陣するのが、当面の目標であった。
D-ONEとは、打撃格闘技こそNO,1である、と標榜する格闘技団体で、すでに知名度では超日本を越えている、という人もいる。
幸い、プロレスラーの参戦はあちら側にとって渡りに船であった。異種格闘技戦というのは、いつの時代でも大衆に受ける。
参戦はトントン拍子に決まった。
だが当然、いきなり名もない前座レスラーの彼と、既にプロレスラーハンターとして名を馳せているロメオを対戦させてくれるほど、D-ONE主催者の大岩館長はお人好しではない。
彼に組まれた相手はモネ・ローズ。ある意味では最も手強い刺客と言えた。
D-ONE戦士の中でも、さり気なくダーティな技を使う選手として知られ、どちらかといえば喧嘩向きだと言われていた選手だった。
背も高く、リーチが長い。甲山も185センチはあるが、相手は190以上。
遠い間合いの打撃をかいくぐり、掴みにいかなければ勝機はない。
「いいか、うかつにタックルに行くな。お前みたいにアマレスの基礎がない奴は特に危険だ。ガードを上げて、ある程度の打撃を食らうのを覚悟でクリンチ気味に組み付くしかない。そこからテイクダウンだ」
そう永島祐二は忠告してくれた。
練習は黒澤の口利きで、彼の知り合いのジムでやる事になった。
打撃対策。プロレスラーの総合への適性はこれに尽きると言われた。
とにかくプロレスは競技の性質上、技を受ける癖がある。これは条件反射的なもので、キャリアが長ければ長いほどこれを取り去るのは困難だ。
今まで体に覚えこませた物を急遽消し去る事が、どれほど困難であることか。
幸いというか、甲山はまだキャリア一年。それを取り去る事は先輩レスラーの永島よりは難しくはなかった。
そしてジムで汗みずくでスパーをし、立ち技の得意な選手と闘って対策を練る。
時には日本人最強と言われた山桜和夫からも、じかに稽古をつけて貰った。彼からは、観ているだけでは分からない様々な裏技も教わった。
――そうして、ついに決戦当日を迎えた。
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